ブレイクダウン



 目新しいものが増えた。
 お得意様なマダムはそれぞれに少々きつい残り香を香らせて、色とりどりのプレゼントを送ってよこした。宝石みたくきらきらとした瓶詰めの香水。見たこともないくらいに希少で、高価なリキュール。造形の美しいマドラー。の部屋に山積みのそれらはまるで、いっそ大きくなりすぎたに対する、彼女たちの愛情の権化であった。

「なに、疲れてんの」

 換気扇の掃除を終えた梅宮が言う。

「なんもないよ、大丈夫」

 一度に押し寄せた宅配業者、最後のひとりを見送ってしまう。はようやく扉を閉めて、凝り固まった首を鳴らした。
 確かに辟易していた。誕生日というものは、もとより、あまり好きではない。まともに祝ってもらったことなど両手に収まるほどだ。施設で行われた形式的な誕生日会も、には居心地の悪い空間だった。ふだんは世話を焼き、愛おしくて仕方のなかった年下の子どもたちすら、その日だけはなんだか、すごくすごくよそよそしく思えてしまったのだ。のように正確な誕生日が判明している子どものほうが、ずいぶんとマイノリティである。他の彼らは施設にやってきた日だとか、好きな数字だとか。なんだかんだと適当な理由をつけて、勝手な誕生日をでっちあげていた。だからひどくむなしいお祝いごと。心からの「おめでとう」をくれる大人なんていなかったし、それを欲しいとも思っていなかった。
 このクラブに身を寄せるようになってからも、そうだ。誕生日などいつものように、なにも起こらずに過ぎてゆく。なにしろ捨てられただの親がわからないだの――そもそも戸籍上の名前と、平生名乗る漢字の姓名が一致しているのかすらあやしい、大変素性のぼやけた男たちが多い。お互いに把握してはいたけれど、それを祝ったところでなんだというのか。彼らは一様におそらくそう思っていて、それはまた、当のにもいえることだった。

「おつかれさん」

 梅宮はに背を向けて、冷蔵庫を開いている。はサインを書くのに握りしめていたボールペンを胸ポケットに差しこんだ。スツールに腰かけてカウンターに突っ伏すと、振り返った梅宮の笑い声がする。

、夕飯なにがいい」
「なんでオレに訊くの?」
「なんだ、お前まで柊と同じこと言って!」

 彼は快晴を写し取ったかのような蒼い瞳をさらに丸くして言った。誕生日だろ。そう続けて言うのだから、ああそうだ、このひとはなんだって関係がない、とは我にかえる。オレが好きなところだ、どうして驚くことがあろうか。
 暗黙の了解や一見無意味と思えて、それゆえに男たちが触れない事柄について、彼はどうしてか容易く破いてしまう。踏み出せないものに関して、だれよりも、真っ先に踏み出すのは梅宮の役目だった。カラカラと快活に笑う。目が覚めるようなボリュームには眉をひそめるけれど、彼が気づくはずもない。

「梅が好きなものつくって」
「そんなんでいいのか?」
「そんなん、が、いいの」

 突っ伏したまま頷いた。梅宮は響き渡る大声でまかせとけ!と笑った。よく笑う人だ。調子外れの鼻歌が耳にくすぐったい。くぐもった声でありがとうと呟いた。梅宮は答えないでいる。彼の鼻歌がすこし大きくなった。