善き冬のすごしかた



 本格的に冬に差し掛かってきた今、お風呂上がりのアイスクリームが至福だったりする。暖房の効いた部屋で、薄着のままこたつに潜って食べるアイスは、仕事終わりの疲れた身体に染み渡る。堕落していると思われてもいい。外では気を張ってる分、こういう時間も大切なのだ。
 夏、冷房を強めに効かせた部屋で毛布を被るという愚行を重ねていたわたしを見て、風邪引いても知りませんから、なんて呆れ顔で言っていた彼のことだから、冬のわたしのこの楽しみに対してもあまり良い顔をされるものではないと思っていた。けれど意外や意外、わたしに倣って同じようなことをするや否や冬のアイスってこんなに罪なもんなんすね、なんてぼそりと呟いた朋也くん。てっきりまたそんなだらしないことして、なんて呆れられると思っていたから、それ以来、出先でよくアイス買って帰りません?と提案してくる彼をかわいいな、と思うようになってしまった。完全にこたつアイスハマってるじゃん、と笑えばハマってしまいました、なんて素直に言うから、かわいくて頭を抱える。普段あんなに大人びてるくせに、なんなの。
 その日はたまたまわたしより後に帰宅した彼の手には近所のコンビニの袋がぶら下がっていて笑ってしまった。またアイス買ってきたの?そう言いながら袋の中を見れば某高級アイスのカップがふたつ入っていて、いや、なんかグレードアップしてるじゃん。早くお風呂済ませて一緒に食べましょ、と手招きされるから、先に済ませてなくてよかったと思いながら。それから数十分後、お風呂を済ませたわたしたちは例のごとくお互いに薄着でこたつに潜りながらいつもより高級なそれに手をつける。美味しい。

「いやーしかし、朋也くんまでこんな堕落した習慣にハマるとは思わなかったなあ」
「なに、さん俺のことなんだと思ってんの」
「夏の冷房の件もあるし、てっきりまたおこごと言われるかと」
「おこごとて」
「一緒に堕落できて嬉しいよわたしは」

 はあ、それはよかった。そう言いながら先に食べ終えた彼が立ち上がってテレビ横のゴミ箱に丁寧にカップを捨てる姿を見て、わたしだったらこの距離ならこの場から放り投げてしまうだろうなぁ、なんてまただらしない考えに落ち着く。それでうまく入らずに結局拾いに行くところまでがセットだ。よっこらせ、と再び隣に潜り込んできた彼との距離がやけに近いことに気づいて、アイスを食べていた手を止める。

「……どうしたの?」
「何がです?」
「なんか近くない?寒い?」

 上着れば?ぴったりしたTシャツ姿の彼にそう提案しようとしたら、こたつの中に潜り込んできた彼の手がつぅ、とわたしのショートパンツから伸びる素足を撫でて、思わず肩がぴくりと跳ねた。

「っ、なにして、」
「……ほんとはこういう無防備な姿見れるからって言ったら、怒ります?」

 我に返って彼の行動を咎めようとしたらすぐ近くにハの字に眉を下げた顔があって、息が止まる。まって、どういうこと?

「俺が本当は風呂上がりのさんの薄着姿見たいがために、普段から風呂上がりにアイス食べんのハマってるふりしてただけって言ったら、怒る?」

 脚から手を離したと思うと、今度はアップにまとめた髪によって晒された頸にするりと触れてきて、その手つきのせいで頭がうまく働かない。

「……さん普段外では隙無い感じだし、だから夏に家で見た無防備な部屋着とか、忘れられなくて、だからこないだ風呂上がりに薄着でアイス食べてんの見て、あ、これだ、とか思っちまって」

 バツが悪そうな顔で笑っている朋也くんに、ようやくすべて合点がいく。やけにそればかりを買おうとしていたことも、今日は少しグレードアップしたそれを買ってきたことも。彼の中では、目当てはあの日から今日までずっと、アイスなんかじゃなくて。
 彼の魂胆がわかってしまった今、目の前のTシャツから伸びる腕の雄勁さに、急に胸が音を立てるから困る。あんなにかわいいと思っていたのに、前言撤回である。

「……そんなこと企んでたの」
「はは、すんません」
「それで今日は奮発してダッツ?許してもらおうと思って?」
「そういうことです」
「夏もわたしのお風呂上がりの姿見てやましい気持ちになってたんだ?」
「そうですよ、キャミソールとか、無防備でいいなって思ってました」
「……男の子なんだねえ、朋也くんも」
「なにそれ、今更ですか?」
「悪い子ですねえ、朋也くんは」
「そうですよ、悪い子ですよ朋也くんは」

 なに開き直ってるの。そう突っ込みたかったけれど、悪戯っ子みたいに笑う顔にまた絆されてしまって。意識されていると知った途端にこっちまで意識してしまうから困る。

「……ちょっと下だけ着替えてくるわ」
「だめです」
「髪だけでも降ろさせて」
「だーめ」
「なんでよ」
「溶けるでしょそれ、先食べた方がいいんじゃないですか?」

 せっかく買ってきたんだから、さんのために。さも殊勝な顔をしてそんなことを言うけれど、だいぶ前から結構溶けてるからね?誰のせいだとは言わないけれど。素足をなぞる手癖の悪いその手は、代わりに食べ終えるまで繋いだままでいることを条件に出せば、彼はそんな行儀悪いことさせるくらいなら俺が食べさせますなんてわたしの手からそれを抜き取っていく。どうぞ、とスプーンに乗せられて口元に運ばれてくるアイスクリームは、どんなに高級なそれよりも贅沢な気がしてしまった。