投影淘汰と知の誓い



 支えになりたいだとか、力になりたいだとか、口だけではきっといくらでも言える。その気持ちに嘘はないし、心から確かにそう思っている。ただ、具体的になにができるのかと考えたとき、答えはいつだって不透明だった。嫌悪感や絶望を覚えるわけでもないけれど、わたしはとことん無力なわけで。指先を動かせば声を聞くことはできても、隣に立つことはきっとできない。彼の家業に関して多少は理解していても、お疲れ様と抱きしめることはできない。
 明日は、また一段と寒くなるらしい。暖房の効いた部屋でひとり静かに息を吐いた。彼は今どこでなにをしているのだろう。今もまだ扉を探すために国内を巡っているのなら、あたたかい部屋の中で寂しい思いをせずに過ごしているだろうかという懸念を払拭するのは難しいかもしれない。ただ、体調を崩したり、冷たい暗闇に囚われたりしていないだろうか。一言くらい、送ってもいいだろうか。決して期待はしまいと心に誓って、指先を動かしてメッセージを送信したらすぐに着信の通知が鳴り響いた。慌てて応答すれば、スマホの向こうで彼が軽く笑っている。

『出るのはっやいな』
「……第一声それなの」
『ごめんごめん。さっきのメッセージなによ』
「なにって。そのままの意味だけど」
『クリスマスなにしてる?って。何で当日に訊くの』
「……メリークリスマス」
『俺の話聞いてる?』

 草太が笑いながらもちょっと呆れた顔をしているであろう、というのが容易に浮かんだ。

「聞いてるよ」

 ぽつりと返した声が自分の意思よりもか細くなって、なんとなく気まずい雰囲気に変わる。結局こうなってしまうから、やっぱり連絡しない方が正解だったのかもしれない。

『なに、元気ないの?』
「元気だよ!」
『……それならいいけど』
「草太は?元気?」

 少し声が震えてしまった。分かっている、彼の返事によってはきっとわたしは居ても立ってもいられなくなる。彼の負担になったり、困らせてしまう。

『俺は大丈夫だよ』

 質問の答えになっているのかいないのか。うん、と短く返しただけで他の言葉が見つからなかった。詰まった沈黙に、草太がわたしの名前を呼ぶ。

『……会いたいね』

 たったの一言、すべてを見透かしていた彼の言葉に心が熱くなる。痛すぎる急所を突かれて、また慌てて返事を探すけどやっぱり見つからなくて、電話口の向こう側には見えるはずもないのに、黙ったまま小さく頷いた。

『次会ったら、なにしたいか考えといて』
「……草太は?なにかしたいことある?」
『顔見たら全部忘れちゃいそうだよね』

 スマホの向こうの草太は、顔こそ見えないもののきっと笑っている。それとは対照的に、わたしはもう泣きそうになっていた。

「頭撫でたい、草太の」
『え、俺が撫でるんじゃないの』
「いつも、よく頑張ってるから」
『それはお互い様でしょ』

 正解の返事が分からなくて、ありがとうと控えめに返した。そろそろ通話を終わらせようと、じゃあ、と切り出したらわたしの声を遮るように草太が話し始める。

『メリークリスマス』
「え、急に?」
『会いたいとか、思ったら素直に言っていいからね』
「え」
『我が儘だとか迷惑なんじゃないかとか、そういうの気にしなくていいから』

 そりゃあなかなか会えないし、そういうときが長く続くことだってあるけど、と草太は言葉を選びながらゆっくりと紡ぐ。

「それは、分かってるけど」
『いつ、なんて今は言えないけど、俺はずっと思ってるから』
「……ありがと」
『ん、じゃあまたね』

 はい、と声にならない声で返事をしてから通話を終えた。頬を伝った涙がぱたぱたと膝の上に落ちる。
 次に会ったときにちゃんと笑い話にできるように、明日からも前を向かなくちゃ。やっぱり草太に、よく頑張ってるねって頭を撫でてもらおう。