※捏造あり

Here's looking at you, kid.



 スプリングの軋む音で目が覚めた。
 徐々にはっきりしていく過程で痛む喉と疼く関節に眉を寄せる。数回瞬きをして、はようやく物音の正体を掴むことができた。彼の枕元に腰を下ろした男。「炎真」おはよう、と炎真が笑う。非常に神経質で眠りの浅いのことだから、炎真が寝室のドアを開いたところで目が覚めたってよかったろうに。過労が祟った長引く風邪は、彼の武器である敏捷性すら食ってしまったらしい。靄の晴れ切らない脳に、鼻孔へ滑り込んだコーヒーの香りが触れた。

「おれのぶんは」
のしかないよ」

 炎真は黒いカップを掲げてみせた。それをベッド横のナイトテーブルに置くと、彼は空いた手での額に触れる。綱吉のそれとは似て非なる、グローブのような腕を覆う無骨な武器を扱う炎真の手は思っていたよりもごつごつとしていて、あたたかく、そしてひどくの肌になじんだ。
 幼いころから喘息持ちでかつ風邪をひくことの多かったの世話は、炎真が受け持っていた。暗がりにあった彼を、人並みの少年が暮らすところまで引きずりだした責任をとるように。人見知りで口数の多くないに対してうまく対応できる人間も少なかった。口数が少ないのは炎真とて同じだったけれど、響に至っては必要最低限のコミュニケーションだけを取ってあとは削ぎ落とすようにそっと影に潜むものだから、きっと当然の帰結だったのだろう。

「熱は」
「さがったやろ」
「うん、でも今日はまだだめだよ」
「なんで」
「なんでも。ゆっくりして」

 くしゃくしゃと髪をかきまぜられて、は制するように手を重ねる。つめた、と声を上げた炎真の顔は、まだうすぐらい黎明の窓に、少しだけ光って見えた。幻覚だ、幻覚だ。なにもうつくしくない男だ。は目を堅く瞑る。
 具合悪いの、と問う声に気が滅入るのだ。なにも、なにもなにもうつくしくない男だのに。心だけは一等星の如くうつくしく、こちらを覗き込んでいるだろう瞳もまたうるはし。うつくしくないと常々感じていたって、結局は覆しがたい事実。感情の船は、炎真のすてきなところを積載量いっぱいに積みこんでいる。重ねた薄っぺらい手でもって、彼の武骨な手を握り締めた。

「  」

 とうの昔に捨てた名前だ。力任せに引きよせてキスをすると、男はその大きな瞳を瞬かせた。懐かしいなあと破顔して、しかし彼の顔はどこかしらに千切れそうなせつなさを孕んでいたから、はなんだか悔しくて、ここまで彼を引きずりまわしている自分の身勝手を呪う。ごめん、の一言はきっと死ぬまで口にできまい。代わりに、炎真の入れたひどくうすいコーヒーが冷え切ってしまうまで、ほどよくたくましい彼の身体を、は必死に抱いていた。