夜明けの落下 2



 拝啓、敬愛なる恭ちゃんへ

 どうやら俺は今、元の時代から約100年後にいるらしいです。


「だからぁ、さっきから言ってるじゃん。俺はバズーカでここに飛ばされたんであって恣意的なテレポートもタイムリープもできないの、不可抗力なの、不本意なの」
「黙れ!恣意的であろうとなかろうと公安局に不法侵入した疑いは晴れないだろう!」
「そっちの事情なんて知らないもーん」

 ばっさりと言葉を切り落としスチールの片袖机に頬杖をつくと、さらりと肩甲骨あたりまで伸ばされた髪が流れる。なにが虚しくて警察に取り調べなんかされてるの俺。マフィアだよ俺。間抜けすぎる。綱吉あたりが見たら爆笑されるかもしれない。ああでもそもそも普段は警察に捕まるようなヘマはしないもんな。やっぱり不可抗力だ。ランボフルボッコの刑、決定。

「ねえ、お姉さんからも言ってくれないかなぁ、俺はむしろ被害者なんだって」
「常守監視官、容疑者の言うことを真に受けるな、こいつは潜在犯予備軍だ」
「で、でも宜野座さん、この人のサイコパス、計測不可なんですよね?そしたら潜在犯もなにもわからないんじゃ……」
「ほら、お姉さんもそう言ってることだし釈放して?ね?」
「誰がするか!」

 激昂したお兄さんの拳が机に振り下ろされ、ダン!と予想以上に大きな音を立てた。傍らにいるお姉さんの肩が僅かに跳ねる。もしこれが威圧のつもりなら弱いにも程がある。この黒髪のお兄さん、尋問とか慣れてないんだろうか。俺は至って冷静なのにお兄さんだけが妙にヒートアップしているせいで、はたから見れば尋問というにはとても滑稽な図だと思うのだ。

「落ち着きなよう」
「何故貴様はそんなに落ち着いていられるんだ!」
「なんでって、」

 自嘲するようにはん、と鼻で笑ってやるとお兄さんの眉間のシワがますます深くなった。
 現状を悲観したところで元の時代に戻れるわけでもなしに。向こうとの通信手段も取れない今、取り敢えずのところ暫くはこの時代で過ごすしかないだろう。マフィアの適応能力万歳。
 と、そんなことを馬鹿正直に話す俺じゃない。マフィアには一応、沈黙の掟というものが存在するのだ。それを守るのは自らのプライドによるもので、俺はボンゴレを義務ではなく自らの意思で守りたい。蛇足だけれど、いつぞやに恭ちゃんと潜入捜査官を主題にした映画を観たことがあった。その中で土竜の掟というものが出てくる。土竜の掟とは、『拷問されても 身分を明かすな』『女のフェロモン ご用心』『甘い言葉 それは罠』『根性決めれば 怖くない』というものだ。フィクションとはいえ国家公務員の刑事でさえたったひとつ下に潜入るだけでそこはもう死と隣り合わせなのだから合掌ものだ。無論マフィアも常に針の筵で囲われているようなものなので、どちらが壮絶かなんていう比較は無粋というものだ。そもそもの専攻が違う。
 話を戻そう。なぜ落ち着いていられるのかと問われても、ここで取り乱しても特に利益があるわけでもないから、とでも言っておくべきだろうか。
 しかしまあ、多くを語るとボロが出るというものだ。誤魔化すように俺はふっと笑ってみせる。

「俺を動揺させれるもんならしてみなよ」


 親愛なる恭ちゃんへ
 落ち込んだりもするけれど、俺は元気です。

 p.s. 俺の代わりにランボを数発ぶん殴っておいてください。