笑う彗星



「あ、おかえりぃ」

 原則一人暮らし用なはずの隔離区画、執行官宿舎の私室に先客がいる。縢はふにゃりとお酒の入った笑顔で私を迎えてくれた。今ではもう慣れてしまったそれに驚きはせず、ただいまと笑顔で返して縢の元へ歩く。
 、と酔っぱらった縢は何度も私を呼ぶ。この絡みに慣れてしまった私は、はいですよーと適当な返事をしてテーブルの上にあるメディカルトリップではない本物のお酒の数を目で確認する。これ全部一人で飲んだわけ?多っ。

「縢、飲みすぎじゃない?こんなにどこで貰ってきたの?征陸さん?」
が遅いからだろぉー」
「今日はこのぐらいって言ってたでしょう?」
「そうだけどさぁ、に会いたかったんだもーん…」

 さいですか。ほんまにかわいらしいですね。
 縢は甘えん坊だ。宜野座くんや狡噛くんとほぼ同い年なのだけれど常守さんよりも低いその身長がそれを思わせない、とよく言われる私にさえこうやって甘えてくる。そして甘えん坊な故に、知る人ぞ知る私の恋人という立ち位置をうまいこと利用していた。
 合鍵を渡してからというもの、こうして時々私の居ない間に私の部屋に転がり込んでいるのである。私に甘えたいときだ。けれどなんで甘えてくるのか、お酒が入っても決して話さない。特に理由はないのかもしれないし、仕事で嫌なことがあったのかもしれない。もしかしたらプライベートかも。全部私の推測だ。私の、公安局刑事課未詳事件特別対策係という監視官だとか執行官だとかいう概念を取っ払った異端な肩書きにおいて、縢の在籍する1係との関わりは決して浅くはない。けれど私とて千里眼を持っているわけではないのだから、普段から全てを把握しているかと問われればそれは否だ。本当は理由が知りたいし縢の悩みや愚痴は全部聞いて受け止めてあげたいと思っているが、本人が話したがらないのだからどうしようもない。だから私が今できることといえば、お酒を飲んでべろんべろんに酔った彼を恋人という立ち位置から甘やかすことだけだった。

 子犬のような目で「甘えていい?」と訴えてくるのがかわいらしく思えて、お酒くさい縢を立膝のままぎゅうと抱きしめる。素面ならある程度抵抗して逆に抱きしめ返してくるけれど、今日みたいな日は黙って私の背中に腕を回してくれる。私の胸に埋まった頭を優しく撫でると、腕の力がぎゅっと強くなった。

、好き」

 くぐもった声が微かに震えているような気がした。私はうんと頷き、「私も好き」と小さく付け加えた。
 ぴったりくっついていた身体を少し離して向き合い、お互いの顔を近づけて、唇を触れ合わせる。一度目は啄むように、二度目は長くゆっくり。キスを終えて目を開けると、縢はお酒のせいでほんのりと赤らんだ顔でへらりと微笑った。

「しあわせだな、俺」

 いつかこの人を本当の意味で救える日が来たらいいと思っている。私は異端だけれど恋人をたくさん甘やかして、支えることぐらいはできるはずだから。けれど、これだけで幸せそうな笑顔を私に向けてくれるなら、今はまだこれだけでもいいのだろう。