覚悟を何度もしてる



 ……気まずい。かなり気まずい。ソファーに腰を落ち着かせていても今の状況は全く落ち着けない。内心涙している私とその真横、隣に座っている坂田さんはお互いに恐ろしいくらい黙ったままだった。あああもう新八くんと神楽ちゃんはやく帰ってきてお願いします明日からはちゃんとご飯も作るし掃除もするし買い物も手伝うからあああ…!!
 思わず膝に乗せていた両手にぎゅうっと力を入れると、それを見ていたのか分からないが、至極微妙なタイミングで坂田さんが沈黙を破った。

「……、ごめんな」

 サイドテールの状態で斬られたせいでかなりアシンメトリーに短くなってしまった私の後ろ髪を、坂田さんが指でさらりと梳く。少しばかり肩が跳ねたが、その手をそっと片手で抑えて、私はゆるゆるとかぶりを振った。

「……これは、仕方のないことだと思ってます、」

 あの時、高杉が私に斬りかかってきたこと。予想していなかった訳じゃなかったけれど、やっぱり完全に避けることも平凡な私にはできるわけなかった。
 それでも、髪十数センチを失っただけで済んで今ちゃんと私は生きているんだから、それ自体奇跡だと言ってもいい。少し首筋が切れたことは、この人には黙っておこう。すぐに塞がった傷をわざわざ掘り返す必要はない。
 以前の、この世界に来る前の私だったら避けることもできず確実に死んでいただろうから。

「……だから、坂田さんは気にしないでください」

 “髪は女の命”とはよく言ったものだ、そんな女子だって失恋すれば髪を切るというのに。私のいた現代で当然迷信に近い内容だしそれを実践する人は少数だけれど、でもそこまで拘るものじゃないとも思っていた。
 今回のことは失恋とは違うが、強ち間違っちゃいないとも私は思っている。
 これは、覚悟だ。この世界で生きていく覚悟。いつまでも以前の自分に未練たらたらでは、あまりに情けないから。
 むしろばっさりと斬ってしまって清々しくもある。神楽ちゃんとお妙さんには嘆かれたけど。せっかく綺麗な髪だったのに残念だ、と。確かに好きで伸ばしていたワケだからショックを受けないわけなかった。でももうふっ切れたから。
 それでも、心配そうな顔で私の頭を撫でる坂田さんに、胸が締め付けられた。

 だから、言うつもりなんてなかったのに、言ってしまったのかもしれない。

「――私は……、この世界に来て初めて会ったときからずっと、坂田さんになりたいと思ってました……」
「……、あ?」
「坂田さんみたいに自分に堂々として、当たり前みたいにみんなを護って、キラキラしたいって…ずっと願ってました」

 きゅっと膝の上に乗せた両手を握る。“黒歴史”“依存症”という言葉が脳裏に浮かんだ。私が、誰かに指針を示してほしい性格であることはずっと前から自負していたことだけど、この依存性の強さにこれほどまでに恥ずかしい思いをするなんて考えもしなかった。

……、」
「でも、わかったんです。坂田さんを目指してたら坂田さんにはなれないって」

 だって、坂田さんは坂田さんを目指していたわけじゃないから。
 そんな当たり前のことを言いながら立ち上がり、自分の鞄からおもむろに鋏を取り出した私に、坂田さんが疑問符と焦燥の表情を浮かべた。

「お、おい……!?」

 坂田さんの制止を無視して、長さが半端な髪を摘まんで鋏を入れる。

「私は忘れない。世界を護る人や守りたい人がいる反面に、世界を壊してしまいたい人だっているってことを」

 私の髪を斬った張本人を思い浮かべて、心の中で軽く苦笑する。鋏を持つ指に力を込めるとジャキ、と金属音が鳴ったと共にはらりと落ちる髪が視界の端に見えた。立て続けに鋏を動かし、ジャキジャキと髪を切っていく。

「その世界を護るために生まれた、伝説と英雄の存在を」

 ある程度の長さを感覚だけで揃えた髪の、最後の一房を摘む。
 すう、と深く息を吸って吐く。かなり、人生を大きく変える言葉を言おうとしてるけど。
「さようなら、坂田さん」

 ジャキン、と磨れる金属音と同時に落ちる髪の毛。それを視界に入れてからがばり、と坂田さんへ90度並に頭を下げる。

 護ってくれて、ありがとうございます。
そんな私の気持ちは、通じるだろうか。

「おはようございます。――……銀さん」

 顔を上げたその時の私は、どんな表情をしていただろうか。
 驚いたように目をぱちくりしていた銀さんがニヤリと笑って、私の腕をぐいと引き寄せる。そしてそのまま背中に手を這わせ胸に抱いた。

「……え、え……え?……ぎ、銀さん?」
「……あー、ちゃんよォ」
「は、はい…?」

 未だに状況が理解できていない私に対して、銀さんはにやにやと笑いながらぎゅうっと私を抱き締めてくる。漸く今の体勢を理解できた途端に私の頬がどんどん熱を持ち、今更ながらに突っぱねるように銀さんの胸を押しても微動だにしない。

「お前、やっぱ最っ高だわ」
「……え、ええ?」
「最初会った時はよ、なんだこいつまたメンドクセーのが増えたなって思ってたんだよ」
「……、はい」
「帰るべき場所があんならさっさと帰ってくれって、思ってたんだよ」

 ぎしりと胸が軋んで、頷けなかった。ああそうか、そりゃそうだ。だって私はただの異邦者だから、疎まれてても仕方ない。そこに反論できるほど私は図太くないし面の皮が分厚いわけじゃない。

「……勘違いすんなよ。今はスッゲー大事に思ってんだからな。
お前は弱くていーんだよ。俺が、ちゃんと守ってやっからさ」

 強くなりたいと、剣術を教えてくれと指南を求めた私を軽くあしらい続けた銀さんの心中。あの時は読めなかった。今なら、すべてではないけれど、わかる。

「俺の許可なしに勝手にどっか行きやがったらゆるさねーから」

 唐突すぎるその言葉に、くしゃりと顔が歪んだ。
 ――……ああ、この人はやっぱりぶれない。

 救いを求めて縋るように銀さんの胸元に手を添えて、私はこちらに来て初めて、声を上げて泣いた。

 いつだって彼は私の救済者で、恩人だった。