うつくしいひとには薄紅色の桜がよく似合うな、と思った。
それに気づいたのはたった今で、暴力的に暑い、炎天下摂氏三十二度の駅前だった。いつもの場所に座り込んでギターを掻き鳴らす。ストリートライブは今年から始めた、放課後の習慣だった。
改札を出てきた制服姿のが俺を見下ろす。の後ろに広がる空が網膜を突き破る程に青い。今年の桜はもう散ってしまっていたし、そして来年の桜が咲く頃には、こいつはもうここにはいられない。春が待ち遠しいのか待ち遠しくないのか、俺には相当に複雑な、難しいことだった。、。そんなは、俺が凭れた花壇に開きそうなひまわりを指して、「夏が近いねえ」と言う。
俺は六弦を鳴らす手を止めた。
「季節が移ろうのははやいよねえ」
「んだよそれ、じいちゃんみてえ」
「あっという間に夏がくるよ」
もう来てんぞとは言えないでいる。またひとつ季節を通過してしまうということは、イコール、がこの街を離れる春がまたひとつ近づくということ。重苦しい学ランを脱いだのはつい先日のことだ。これから始まる夏に於いて、白いカッターシャツも派手な色のTシャツも、男子高校生である俺らだけの特権だった。大人には許されないこの奇抜で反抗的でだらしがないスタイル。男子高校生でこそないけれども、にとって今年はそれが許される、最後の夏だった。
こいつは高校三年生で、つまり来年の今頃には立派に大人だ。一方高校生のまま燻る俺を置いて、こいつは一足二足先に大人になる。俺に言わせてみれば俺の何倍もよっぽど子どもじみていて、何倍も女々しく面倒くさいのに、は形ばかり年上だった。ずるいと思った。けれどそのずるさが俺の、俺がに恋をしているゆえんだと気づく。どうしようもなく惹かれていて悔しくなってしまう。
「お前、まじで出て行くのかよ」
は形ばかり年上だった。ずるいと思った。けれどそのずるさが俺の、俺がを見上げた。こいつはなんてことないふうに笑った。柄にもなく少しばかり寂しそうな、さながら子犬みたいな顔をしたつもりだったのにその一切に気づかないふりをしているのか俺の表情に触れることはない。
「うん、……この夏に内定出たらね」
「……さっさと決まんの願っとくわ」
「ありがとう」
それは九割ほど嘘だったけども。内定もらえないで来年も再来年も、ずっとニートしてくれりゃいいのに、というのは俺の淡すぎる期待だ。俺が卒業したらアルバイトしたり曲を売り込んだりしてこいつを絶対に養うから、それまでここにいてほしい、とか。シンガーソングライターとして世に出ることを夢見る俺は、男としてやや頼りがいに欠ける。こんなんじゃだめだよなあ。
はなんだかんだと幼稚なくせして俺みたく夢見がちなところはただのひとつもなくて、堅実に、身内を養うため働きたいと宣う。俺はそんなお前のために働きたいよ、なんて言えばきっとこいつは困ったように笑うのだ。やっぱりのほうがずっとずっと大人であった。
「トウヤくん、なんか弾いてよ」
は花壇の淵に腰をおろして、ぶら下げていたビニール袋からカップアイスを取り出して広げた。俺にはないのかよ、とか、そういうとこも含めて好きだけど、とは口が裂けても言えやしない。こいつのリクエストにお応えして、俺はギターを抱え直した。のお気に入りで、こいつが唯一歌える一昔前の洋楽。リヴァプール発世界行きロックバンドの。
俺の歌声に合わせて歌うの声は少し掠れてハスキーに甘ったるいのに調子外れで、だからバランスが悪くて格好がつかない。こいつの拙い発音を置き去りに「寂しい、んだよな」と小さく呟くと、木製のスプーンを噛んだが、先程俺の脳内で思い浮かべた苦笑と至極似た表情で曖昧に笑った。キスでもしてやろうかと思い立って、けれども、キスが出来る距離を許されていない、ということにふと気づいて、許されるにはまだまだ時間がいる、だからどうか留まってくれ、ぐるぐるとして、そしてなんとなく、切なかった。