窓ガラスの手前にあるの顔を見ながらきれいだなと思うのはもうほぼ日課だった。くじ引きでの隣の席を引いたのは2週間ほど前のことで、この日課というのはそれ以来ずっと続いていた。左隣の横顔の独特な輪郭をひとみでなぞりながら、顔はななめ前の女子のほうを向いている。いちばん窓際の、いちばんうしろのその席で、はよく居眠りをしていた。知るのはきっと自分だけかと思うとかすかな優越感が心臓あたりにあって、それを飼い慣らしながら当のとはあまり会話がなかった。
「お前さ」
3限目の数学が始まりになるチャイムが鳴ろうとするときだった。の声がしてそちらを見ると、その視線は机上で閉じられたままの数学の教科書に落とされていて、気のせいだったかと前に向き直って机からノートを取り出した。そうするとチャイムが鳴って、椅子の脚と床とが騒々しい音をたてながらやがて飯田が「礼」と声をあげた。着席してわずか、勢いよくかつ静かに、俺の机に付箋が貼り付けられた。左側からだった。
“むしすんな”
ひらがなしかないそれを見たのちを見ると、何食わぬ顔して黒板のほうを見ていた。“してねえよ。勘違いと思った。なんだ?”空白にそう書き足して返すと、そいつは表情変えずに目だけで読んだ。何も言わないし書かないしもういいのか、と俺が黒板を追い始めてから少し経って、付箋上での会話がまた始まった。“好きなん?”は?という声を咄嗟にひっこめてを見る。するとが前の席を顎でしめしてきたから、俺はペンをとった。
“なんで”
“見すぎ”
やっぱりか。“はずれ”と添えた付箋を返したら、いまいち意味がわからないというような、不機嫌そうな顔をされた。自分でも思うくらい見てるけど、あいつじゃないんだ。自分のノートの端を少しだけ破って、一言だけ書いての机に置いた。光のこちらがわで揺れる睫毛を、俺だって知らないわけではない。“今日の昼一緒にどうだ”一瞬だけ俺を見たのひとみには、跳ね返る太陽がキラキラと散っていた。