マシュマロはミルクティに溺れたらしい



「あれっ、ねえねえ、あれ先輩じゃない?」

 放課後、インターンで不在のお茶子ちゃんと梅雨ちゃんを除いた女子のみんなでハイツアライアンスへ戻る途中に、先輩の後ろ姿を目で捉えた。
 先輩は、以前にビッグ3の通形先輩たちのように授業の一環として講師(?)に来てくれて、私たちの中では爆豪を倒したこと、そして波動先輩にノミの心臓とまで言われていた天喰先輩の彼女だと判明したことで、ひそかに話題となっていたひとだ。

「あっ、ほんとだ!」
「今日は一人なのかな」

 三奈ちゃんがぱっと表情を明るくする隣で、くるくると耳のイヤホンジャックを弄っていた響香ちゃんが不思議そうにやや首を傾げながら頷いた。
 お茶子ちゃんと梅雨ちゃんが、ヒーローインターンで同じ事務所にて研修をしている波動先輩に聞いたらしい話なのだけれども、渦中の先輩はどうやら通形先輩と天喰先輩の幼馴染のようで、恋人の天喰先輩はそれとして通形先輩とはまるで家族のように仲が良いらしく、そのうえ通形先輩のやや過保護気味な対応も相成って、先輩方の間ではひそかにセコムと呼ばれているらしい。それを聞いて思わず噴き出してしまったのは秘密だ。

「ねえ、今から時間あるか訊いてさ、いろいろ話聞きたいよね!」
「それいいね!」
「あら、でしたら私たちの寮にお招きしたらどうでしょうか」

 ちょうど、実家のお母様から新しいお紅茶とお菓子が届いたんですの。提案した私に即賛成してくれた三奈ちゃんに続くように、ヤオモモが名案とばかりにぱちりと胸の前で手を打った。その頬がぽっぽっと赤らんでいるのを見ると、優等生のヤオモモでもコイバナは好きなんだなあと感慨深い気持ちになる。とてもカワイイ。

「そうと決まれば早速呼び止めなきゃ」
「おーい!せんぱーい!」

 三奈ちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振って先輩の名前を呼ぶ。突然の名指しに驚いたのか、びくりと僅かに肩を跳ねさせて、すこし目を丸くした先輩がくるりと振り返った。ふんわりとウェーブしたオレンジの髪が、身体の動きに呼応して靡く。背後から差す夕焼けの光で透けるように輝くその光景がとても綺麗で、わ、と思わず声が漏れた。
 私たちの姿を視認して漸く先程の声の主が三奈ちゃんだとわかったのか、途端ふわっと顔を綻ばせてひらひらと手を振り返してくれる。呼び止めたいというのも同時に理解してくれたようで、立ち止まったまま私たちが追い付くまで待ってくれた。

先輩こんにちはー!」
「こんにちは、今日も元気だね、芦戸さん」

 飴食べる?とカバンのポケットから包みを取り出してみんなに配り出す先輩。体育祭の本戦に出ていた三奈ちゃんとヤオモモはそれとして、どうやら予選止まりだった響香ちゃんや私の名前まで覚えているらしかった。葉隠さんもどうぞ、と私の顔が見えているのか、きちんと目を合わせてから広げた手に飴を乗せてくれる。たったそれだけのことで、なんだか胸の奥がほわりとあたたかな気持ちになるから不思議なひとだ。(ちなみに飴は黒飴だった。意外と渋い。)

「それで、今日はどうしたの?」

 飴の入った袋をカバンに仕舞いながらそう訊ねてくる先輩に、本来の目的を忘れていたことを思い出す。ハッとしたように手を打って、先輩の片手を三奈ちゃんがぎゅっと握った。

「先輩!これから時間ありますか!?」
「時間?大丈夫だよ?」

 こてりと首を傾げて不思議そうな顔をする先輩に、ヤオモモがさっきまで話していた内容を簡単に説明する。ふんふんと相槌を打つ先輩は、話を全部聞き終えると、言い淀むようにう〜ん……と指を頬に当てて首を捻った。その頬はほんのり赤らんでいる。先日の授業のときも思ったけれども、意外と照れ屋さんなのかもしれない。

「……んん、話をするのはぜんぜん大丈夫なんだけどね、たぶん、みんなが思ってるようなおもしろい話はできないと思うよ?」

 それでもいーい?と依然色付いた頬のままこてりと首を傾げる先輩に、勿論!と私を含めたみんなが息巻いて大きく縦に頷く。
 私たちはおもしろい話が聞きたいわけではなくて、先輩の話が聞きたいのだ。

 本人の了承が得られたならば、と先輩の手を握ったまま意気揚々と寮へ向かう三奈ちゃんにぞろぞろと続く。1-Aの寮に着いて上がり込むと、先輩はちいさく「おじゃましまーす……」と呟いた。その律儀さにふふっと息を吐くと、それが聞こえたのか、くるりと私の方を向いて首を傾げる先輩と目が合って少しぎょっとする。なんというか、気配に敏感と言えばいいのかわからないけれども、制服を着ているとはいえ透明な私の顔や手がどこにあるのかはっきりわかる先輩って、やっぱり不思議なひとだ。

 ヤオモモが紅茶とお茶菓子の準備をしてくれたから、談話室にコの字型で置かれたソファの真ん中に先輩を据えて、囲むように左右のソファへそれぞれが座った。紅茶を受け取った先輩が「あ、ピュアダージリンだね。八百万さんのお家はウェッジウッドが好きなの?わたしはね、マリアージュフレールとジャンナッツが好きだよ」と口にして、ヤオモモは久々に紅茶談義のできる相手を見つけられたからか、途端に目を輝かせる。
 「今度わたしも紅茶持ってくるから、そのとき、ゆっくりお話しようね」と笑いかける先輩に頬を赤らめたヤオモモが元気に頷いた。若干、置いてきぼりを喰らった感は否めないけれども、それを吹き飛ばすくらいにとても微笑ましい光景だ。まるで花でも飛んでいそうなくらいには。髪質も色も違うし身長もヤオモモの方が高いのに、なぜか、どこか姉妹のように見える。三奈ちゃんと響香ちゃんへ視線を遣ると、二人ともすごく微笑ましそうなフワフワした顔をしていてちょっと面白かった。

「あ、ごめんね、ええっと、なんだっけ」
「ハッそうだ!コイバナ!です!」

 がたりとテーブルに手をついて身を乗り出すようにしてぐっと拳を握る三奈ちゃんの圧に、少し上半身を引いた先輩は、先程まで両手で持っていたマグカップをテーブルに置く。そして人差し指を唇に当ててう〜ん、と視線を宙に彷徨わせた。

「じゃあ、わたしからどう、っていうよりも、質問形式の方がいいのかな?えっと、なにかある?」
「はい!天喰先輩とはいつ出会ったんですか!」

 びっ、とおおよそ授業の時には見られない勢いで挙手をした三奈ちゃん。その質問内容にうんうんとみんなが頷いている。

「……うーん、わたしが環くんとミリオと幼馴染ってことは、たぶん聞いてると思うんだけどね。環くんと初めて会ったのは、小学三年生のときだよ。環くん、転校生だったから」
「えっ、じゃあ通形先輩の方が付き合い長いんですか?」
「うん、ミリオはね、生まれたときからずっと一緒」

 と言っても、赤ちゃんのときの記憶なんてないんだけどね、と困ったようにすこし眉を下げて笑う先輩に、へええ、と響香ちゃんが声を漏らした。うちのクラスにも幼馴染(と書いて問題児と読む)はいるけれども、確か二人は幼稚園からだったと聞いたことがある。つまり先輩たちはそれより長い付き合いだということだ。
 はい、と次いでヤオモモが手を挙げる。

「では、天喰先輩とお付き合いを始めたのは?」
「今年の春からかな」

 その返答に、えっ、と思わず声を上げる。
 だって、小学生からの付き合いで今年漸く付き合い始めたということは、天喰先輩は少なくとも十年弱、先輩と幼馴染の枠に収まっていたということだ。
 天喰先輩は、一体いつから先輩のことを好きだったのだろう。

「えっ、じゃあ、なんて告白されたんですか?」
「……えっと、『すきだ』だったかな」

 響香ちゃんの質問とその返答に、きゃー!と黄色い悲鳴と共にみんなのテンションが上がる。既に用意された紅茶もお菓子もほったらかし状態だ。けれども、今はそんなことよりも話が聞きたい。

「じゃあじゃあ、先輩たちってどこまで行ったんですか!?」

 至極興奮しているといった面持ちで握った拳を振りながら三奈ちゃんが次いで質問を投げ掛けた。
その内容に一瞬ぽかんとして、瞬間、ぼぼ、と先輩の顔が真っ赤に染まる。ハッとしたように両手で顔を覆ったけれども、ごめんなさい、はっきり見ちゃいました。

「……え、えっと、ごめんね、あの、まだキスもしたことなくて、」
「えっ?」
「だ、だって環くん、本当は告白するつもりとかなかったみたいで、なんかこう、思わずぽろっと口から出ちゃった、みたいな感じだったから……」

 依然両手で顔を覆ったまま、羞恥のせいか僅かに震えた声でもごもごと話す先輩に、みんなが唖然と言葉を失った。
 告白をするつもりがなかったということは、天喰先輩はそれがなかったらずっと幼馴染のままいようとしていたということだ。仮に関係性を崩したくなかったという理由だとしても、もしその前に先輩が他の人と付き合ってしまうようなことがあったらどうするつもりだったのだろうか。
というか、いくら幼馴染期間が長かったとはいえ、約半年交際していてキスもまだ、って天喰先輩の理性どうなってるの。鉄壁なの。

「あ、あのね、でもちゃんとお互い好きだし、なんていうか、尊重し合えてるっていうか、大事にされてるのもわかってるし、今のままでも充分幸せ、だから……」

 ぺったりと頬に両手を当てて、今にも顔から煙が出そうなくらいに顔を真っ赤にして目を潤ませる先輩が、表情も仕草も、先日の爆豪との戦闘時の印象からは想像もできないくらいに可愛くて、思わず「ン"ッッ」と喉から変な声が出た。こっそり周りを見るとみんな各々、心臓やら顔やらを抑えて、俯いたり天井を仰いでいる。

「でも、あのね、環くん本当に優しいし強いしすごいんだよ、だから、誤解しないでほしいんだ……」

 ややしょんぼりとしながらそう呟く先輩に私たちはもう言葉も出ず、ただ頷くことしかできなかった。
 ああ、コイバナってこわい。

 私はこの気恥ずかしさをどう発散していいものかわからず、周りに姿が見えていないのをいいことにそのままテーブルへ顔を押し付けるように突っ伏す。ごちり、と鈍い音が鳴った。