「いやあ、ごめんね!加減するのは失礼だなってわかってたんだけど、加減しないと爆豪くん、骨の髄までグチャグチャに熔けちゃうから!」
衝撃波によって壁に激突し、そのまま意識を失った爆豪くんにはその場で直接治癒を施して、念のためにとハンソーロボにリカバリーガールの元まで運んでもらった。衝撃波と言っても加減はしたし熱による火傷もしていなかったから、多分骨折もしていないと思うけれども。こうなるのがわかっていたから、”太陽”を使うのは嫌だったのだ。
それから最初の時のように相澤先生の横に立って、わざと明るいテンションでへらりと笑うと、一年生の面々は殆どが引き攣った顔をしていた。なんなら青ざめている人もいる。わたしは知っている、これはドン引きというやつだ。ううん、わたしもミリオのこと言えないかもしれない。
「……えーと、わたしの個性、わかったひといる?」
「えー、なんだろ、轟みたいな炎熱とか?」
「そもそも先輩は個性を殆ど使用していないように見受けられたぞ、発動系ではないということか?」
「爆豪の攻撃も無効化できるみたいだし……」
なんならもう一人くらい戦ってみる?と首を傾げてそう問い掛けてはみたけれども、顔を真っ青にして一斉に首を横に振られた。失礼すぎる。ただまあ、爆豪くんと喧々諤々とディベートを始めた面々には申し訳ないけれども、先程の戦いでは正直デモンストレーションにもなっていない、わかる筈もない。相澤先生もそのあたりもう少し考えてから人選をするべきではなかっただろうか、このクラスの個性とわたしの個性じゃ、些か相性差が偏りすぎている。
「……、コロナ」
ぼそ、とひとりがそう溢した。お、と声が出る。
「……最後の熱、恐らく温度は1000度に近かった。炎こそ出ていねえが、陽炎みてえな揺らぎは見えた。それほどの熱を操って自分への影響が少ないところを鑑みるに、冷たいストーブの上でやかんが沸騰するみてえな現象が起きていることになる。ってことは、大体の予想はつく」
おお、と思わず感嘆の声がついて出た。空気の揺らぎに加えて温度勾配の反転に気づけるとは流石観察力が鋭い。体育祭のVTRを見たときに、爆豪くんの次に目を引いたのが彼だった。元々強い個性の子だとは思っていたけれども、その冷静さもまた、戦いにおいては一つの武器となりえる。
「うん、おおよそ正解、かな。わたしの熱、最高だとね、だいたい1500万度まで上がるから」
ここにいるみんなとは大体相性悪いよね、と言うとみんな、特に轟くんにものすごく苦い顔をされた。正直、相澤先生のような個性抹消系や無効化系の個性とかではない限り、相性差の有利はこちらに傾く。ブドウみたいな髪の子――確か峰田くん――の、チートかよ、という呟きが聞こえたけれども、スルーさせてもらう。ごめんね!
「わたしの個性、正式には”光合成”なんだけど、これ、両親の個性の複合型なんだよね。”太陽”と”クロロフィル”、両方を別個に使えるから、実際は複合なのかもちょっと怪しいんだけど」
複合型、と言った途端に轟くんが僅かに反応を示したけれども、申し訳ないがうちは個性婚じゃなくて恋愛婚だ。両親の仲は良好で、結婚から二十年経った今でも新婚さんみたいに甘々夫婦なものだから見ているこちらが恥ずかしくなってくる。擦れずに育ったわたしに感謝してほしい。
「んん……、まあ、弱点がないってわけじゃないし、普通に個性連続使用のリバウンドもあるんだけど、でもちょっと熱いくらいじゃ、さしてダメージにはならないかな」
再び苦い顔をされた。うん、ごめんね!!
「ヴィランとの戦いは、よっぽど大きい事案じゃない限りは、大体が相手の個性が不明な状態からスタートするよね。調査はするに越したことはないけれども、その時間すらも惜しい場合っていうのは、幾つもあると思う。例えば、そう、ヒーロー殺しとか」
主に飯田くんと轟くんへ目線を向ける。ネットにアップされていた動画はわたしも見た。その中には確か二人に加えて、件の緑谷くんもいたと記憶している。わたしはヒーロー殺しの考えそのものは悪くはないとも思うけれども、如何せん方法が悪い。いくら掲げている思想が立派なものでも、資格未取得者による公共の場での個性行使はおろか、人を殺すのは犯罪なのだ。哀れな話だと思う。彼は狂気的で妄信的なオールマイトへの崇拝の末に、大罪を犯すヴィランに成り下がった。
「だから異形系みたいに、外観から大凡の個性が把握できるようなのは別として、どんな個性かもわからないヴィランを相手取る場合は、安易に戦うのは危険だよ。取り敢えずは、いかに相手を戦意喪失させるかが鍵になるね」
そもそも、ヒーローの仕事の目的はヴィランと戦うことじゃなくて人を守ることだから、害者を出さずにさくっと捕まえられるのが一番理想的な形だね、と幼馴染みのインターン先である某事務所のBMIヒーローを彷彿とさせながら言うと、何人かが頷いてくれたから漸く納得してもらえたようだった。さすが飲み込みが早い。若いっていいねえ。
「……えっと、じゃあなにか、質問とかある?」
「ハイ!彼氏とかいますか!今度メシ行きませんか!」
おっと、思っていた質問と違うぞ……。てっきり個性に関しての質問が飛んでくるものとばかり思って緩く構えていたから、初っぱなから予想外の飛び道具に、肩の高さまで手を掲げたままで暫し硬直してしまった。
思えば、確かに環くんとの交際は三年生にとっては周知の事実であるけれども、一年生には知らぬ情報であっただろう。わたしも環くんも、公衆の面前でいちゃつく趣味はないからだ。いくらヒーロー志望といえども、悪目立ちはしたくない。
挙手をしたままキラキラと眩い表情でわたしの回答を待つ金髪の男子(確か、体育祭のトーナメントでB組の塩崎さんに瞬殺されていた上鳴くんだ)と周囲――主に女子たち――の目線が痛い。襲い来る気まずさに耐えきれず相澤先生へと目配せをすると、わたしの言いたいことがわかったのか軽くため息をつかれた。ごめんなさい!
「……お前らは先日も会っただろ、ビッグ3の内の一人、天喰環。はそいつの彼女だ」
だから手を出そうとかトチ狂ったこと考えるんじゃねえぞお前ら。
やっぱり自分で言っても他人が言っても、恥ずかしいことに変わりはないなと思った。羞恥により顔がほんのり熱を持つのがわかって、誤魔化すようにはたはたと手で扇ぎながら「そういうことです」と言わんばかりに頷くと、空気が凍ったように一瞬にして静寂が広がる。
一拍置いて、体育館γに驚愕の大絶叫が響いた。