※上鳴視点

召しませ膵臓 2



「……すげえ」

 ヒーロー基礎学の実習で体育館γに集合した俺らの前に相澤先生と現れたひとは先輩というらしい。ふんわりとした綺麗なオレンジ色の髪を携えてやわらかな雰囲気を纏った、先日の説明会に来た波動先輩のように、どちらかというと可愛らしい、"ヒーロー向きではない"見た目の先輩だ。きっと俺だけじゃなくて、みんなも同じように思ったに違いない。
 その先輩と突然戦えと言われても正直腰が引けてしまうと思ったんだけど、まずは一戦、と言った先輩が「この中で一番"火力のある個性"の人とか、いる?」と口に出した途端に僅かに空気がどよめくのを感じた。そして一瞬にしてピリリと冷えた空気。だって、このクラスで火力が強えって言ったら該当するのは二人しかいない。でも内の一人である轟の個性は炎だけではない、先輩もそれをわかっている筈だ。だからきっと、選ぶのは。

「じゃあ、爆豪くんだね。よろしくね!あ、サシでも大丈夫?誰かと組んでも」
「俺一人で大丈夫だわナメんな」

 さすが爆豪、先輩相手にも我を貫いてるぜ。轟もだけど、最近爆豪も丸くなったよなって切島とか瀬呂と話してたけど、やっぱり戦いとなるとギラギラするもんだな。

「うん、じゃあ相澤先生レフェリーやります?」

 薄らと笑いながらそう問いかける先輩に、先生は首肯だけで答えた。それを傍目に爆豪は屈伸と伸脚をしている。
 先輩、最初は個性を明かさないと言ったけれども、こないだの通形先輩のときみたいに瞬殺されたりは……さすがにないだろうけど、爆豪だし。でも個性不明というアドバンテージの中でどう戦うかって、プロヒーローになれば何度も経験することだもんな。よく見とかねえと。

「二人共準備は」
「いいですよ」
「おう」

 二人が同時に返答したところから模擬戦闘が始まった。……ん、だけど。なんていうか、俺の貧困な語彙力だとすごいとしか言いようがない。それほどまでに圧巻だった。開始してからおよそ15分、爆豪は相変わらずというかなんというか、先輩を相手取っても躊躇がない。けれども先輩もすごかった。まず第一に、フットワークが軽い。爆豪の右の初撃を流して腕ひしぎ十字固めを決めた時点で大凡の見当はついていたけれども――予想外すぎて思わず空気が凍ったし、爆豪も一瞬ぽかんと呆けていた――、まるで新体操選手か軽業師のようだ、個性だけの強さではないことがよくわかる。最もそれは爆豪も同じであろうけれども、BOOMBOOMと爆破の特攻を繰り出していく中、くるくると攻撃を躱しながらたまに拳や蹴りで反撃して動き回る先輩にはあまり効いていないようだった。直撃を避けてこそいるけれど、攻撃は届いているはずなのに。反撃の中で跳ね巻き込みやら送り襟締めやら、やたらに柔道技を用いているのは近接主体の個性ではないからだろうか、爆豪が非常にやり辛そうで苛ついているのがわかる。(これは後から聞いた話だけれども、先輩はどうやら柔道段位持ちらしかった、なにそれ怖い。)さすがに周りの雰囲気も戸惑いを孕んできた。っていうか、

「めちゃくちゃ熱くね……?」

 ぽつりと呟いた言葉に反応は来なかった。爆豪の個性による爆破の熱風もあるかもしれないけれど、それでも異様に異常な熱さを感じる。ぶわりと身体のそこかしこから汗が噴き出て気持ちが悪い。めちゃくちゃ汗かくぞこれ。もしかしてこれが先輩の個性、とか?でも汗かくってことは爆豪にとっちゃ有利なんじゃ、なんで効いてねえんだ?

「……うーん、やっぱり、」

 開始からおよそ20分が過ぎた頃だった。ぴた、と突然脚を止めて呟いた先輩は息切れこそしているものの、汗は少しもかいていない。そこに僅かな違和感を覚える。

「ごめんね、デモンストレーションのつもりだったんだけど、相性が良すぎたみたい」
「……あ?」
「終わりにしようか」

 先輩がそう言った瞬間、今までの比ではない勢いの熱風がぶわりと押し寄せた。髪の毛が風に弄ばれて靡く、噴き出ていた汗が瞬間的に蒸発していくような感覚。
 ……まるで、そう、轟の左側のような。ぞわり、と背筋が粟立った。
 先輩がすいと右手を目前に掲げる、ゆらりとアンダースローに振りかぶるように後ろへ引いて、そして爆豪に向かって思い切りぶつけた。まるで衝撃波のような熱暴風が爆豪を襲う。300メートル以上離れて見ているだけの俺たちにも相当な衝撃なのだから、真正面から受けている爆豪には殊更に違いない。ついには吹き飛ばされるように壁にぶつかって、そして沈黙。

「そこまで」

 先程までのざわつきが嘘のように静まり返った空間に、相澤先生の声だけが響いた。