心操さんが指定した待ち合わせ場所は、わたしがあまり降りたことのない駅を出てすぐの、いかにもなモニュメントがたつロータリーだった。
時計は待ち合わせ時間の二十分も前を示していて、初めてでもあるまいし、何を浮き足立っているのだと自分を落ち着かせる。まあ心操さんと会うのは専ら会社の屋上か、時間が合えばご飯に行くかくらいだったので、こうして休日に、ちゃんと待ち合わせなどして会うのは初めてだけれど。
心操さんはきっといつも通りわたしの知らないブランドの、おしゃれな服をさらりと着こなしてくるのだろう。わたしはと言えば今日のために買ったカーキ色のワンピースを、地味だったろうか、なんて思いながら、久しく巻いた髪の毛があちこち跳ねてしまうのを気にしている。
もう間も無くここに来るであろう心操さんの姿を想像していると、「あの、」と待っている人のそれとは随分かけ離れた声がわたしの真上から聞こえた。ちょうど、もうすぐつくよ、というメッセージを受信した携帯から顔をあげると、やけに嘘くさい笑顔を浮かべた、わたしと同い年くらいの男の人がわたしの顔を覗き込むように立っている。
「…………はい?」
「あ、今大丈夫ですか」
「えっと、?」
「ちょっと落し物しちゃって」
「おとしもの?」
「一緒に探してほしいんですけど」
大真面目にそんなことを言うので、わたしは笑ってしまいそうになりながら、でもここで笑ったらこの胡散臭い男の思う壺だと思って、そうですか、とだけ返事をした。落とした、らしい何かについての説明をふんふんと適当に聞き流して、一応足元を見回す素ぶりを見せたりなんかしていると、「あの、何か?」と、聞き慣れた声。ぱっと顔をあげると、チェック柄のシャツを羽織った、ちょっとだけ不機嫌そうな顔をしている心操さんと、おずおずと去っていく胡散臭い男が目に入った。
「なに?知り合い?」
「ううん、知らない人」
「なんかされた?」
「落し物したから一緒に探してって」
「……それで探してたの?」
「うん」
「……ナンパだよ、それ」
「うん、わかってる」
「なのに探してたの」
「心操さんが助けに来てくれると思って」
「……来たけどさ、」
なんの迷いもなく答えるわたしに、心操さんは、はあ、とあからさまなため息をつく。それから、怒らせてしまっただろうか、と不安がるわたしに気づいたのか、無骨な手がわたしの頭をぽんぽんと二度撫でた。
屋上で会ったあの日も、今日も、心操さんの手はいつだってわたしの不安を取り除いてくれる。魔法の手ですね、なんていつか食事をした時に伝えたら、なにそれ、と目を眇めて笑っていた。そんな魔法の手が、そのままわたしのいつもは後ろで束ねている髪の毛を梳かすように、掬い上げるように触る。
「今日はおろしてるんだ」
「……うん」
「似合ってる、服も」
「……心操さんも」
「ふっ、ありがとう」
「いつもかっこいいけど」
「ほんと?」
「うん」
「……今度から、ああいう時は電話して、俺に」
「滅多にないよ」
「あったときは、電話」
「分かった、」
わたしの返答に、心操さんは満足気に微笑んで、それから、じゃあ行こうか、とわたしの手をとった。こうして街中で手を繋ぐのは初めてのような気がする。屋上では手を繋ぐ必要は無いし、会社の近くではお互いの知り合いが大勢いるだろうからなんとなく恥ずかしくて少しだけ距離を空けて歩いた。でも今日は違う。いつもいる駅とは別の駅で待ち合わせをして、とびきりのおしゃれをして、並んで歩いているのだ。その事実をしっかり噛み潰すと自然と頬が緩まって、それを見ていた心操さんが、何笑ってんの、と優しくわたしに尋ねる。
「……なんでもなーい」
「子どもみたいなこと言わない」
「あ、心操さん、たばこいいの?喫煙所あったけど」
「ん、いいや」
「なんで」
「ひとりにしたらどっか行っちゃいそうだから、今日はやめとく」
「……行かないし」
わたしの手を握る力が強くなって、わたしも離すまいと握り返す。じんわり汗ばむのが分かったけれど、そんなことはどうだってよかった。
会いたかった、なんて言ったら、俺もだよ、と笑ってくれるだろうか。毎日会ってるでしょ、なんて冗談っぽく返されるかもしれない。それがどんな答えだろうと、わたしはその答えが好きだと思った。
「心操さん、」
「ん、どうした?」
「会いたかった」
心操さんは一瞬だけ目を丸くして、それからすぐにいつものくしゃっとした笑顔を浮かべた。なに急に、と笑う心操さんの耳は真っ赤で、どうせ毎日会えるのに、今日がずっと終わらないでほしい、なんて思うわたしは、きっと世界一我儘で、世界一幸せ者なのだろう。