無垢ゆえに罪な真っ白
目を覚ますと、瀬呂の背中が目の前にあって、ちょっとだけ脳が揺れた。昔追いかけていた背中とは違う、大きくて筋肉質な背中。
安いという理由だけで選んだ薄いカーテンからは、太陽の光が透けて漏れている。わたしは休みだけれど、隣で寝息を立てているこの男は一体何時に起きなくてはいけないのだろう。時計を見ようと寝返りを打つと、背中と太もものあたりが痛い、と思った。
お酒を飲んだわけではないからきちんと記憶はある。それどころか、わたしに触れる指先の感覚まで、鮮明に思い出せるくらいなのだ。それなのに、片隅で昨日のティーカップを洗わなければなどと考えているわたしの脳みそはもう随分と前からイかれているのかもしれない。
そういえば瀬呂の口から、言い訳を聞きそびれてしまった、と思いながら、ゆっくりと身体を起こす。
「……起きた?」
「え、起きてたの」
「ん」
掠れた声が寝室の真っ白い壁に吸い込まれていく。おはよう、と、ゆっくり寝返りを打った瀬呂の胸元のペンダントに、薄い光が反射した。わたしはベッドの下に放置されていた下着を拾い上げて、薄い布団の中で器用に着替えていく。まだ眠いらしい瀬呂は、大きなあくびをひとつしてから、なにもない天井を見つめていた。
「お前時間大丈夫なの」
「今日やすみだよ」
「……まじで」
「瀬呂こそ大丈夫なの」
「おれも休みだから」
「めずらし」
キャミソールに腕を通したところで、洗いそびれたティーカップを洗おうと立ち上がったけれど、瀬呂がわたしの腕を引き寄せたので、いとも簡単に乱れた布団の上に崩れてしまった。どうしたの、と視線を向ければ、薄いカーテンから漏れる光に目を細めて、少しだけ不機嫌そうな顔と目が合う。
「お前さ、」
「うん」
「なんとも思わねーの」
「なにが」
「……なんか無理やりだったし、昨日」
「べつに」
「べつにってお前、」
「よくわかんないけど……いやじゃないし」
「は、」
「……瀬呂ならいやじゃないって思ったから」
「……そういうこと平気でいうよな、お前」
人の気も知らないで、と呆れたようにため息をつく。するすると腰に腕が回って、わたしはその腕から逃げるように身体をよじらせた。「なんで逃げんの」と、懐かしい、でもいつも聞いていた声とは少し違う声が、部屋の空気を揺らす。
「ちょっと、」
「……なに」
「言い訳、聞いてから」
「言い訳?」
「こんなことする、言い訳、」
「言い訳は後でさせて、」と昨夜瀬呂が言ったように真似ると、思い出したのか、恥ずかしそうに顔を歪めた。髪を持ち上げるように後頭部を掻くのは、言いにくいことを言おうとしているときの癖だ。
「……こうでもしないとお前分かんねえじゃん」
「あー、わたしのせいにした」
「……悪かったと思ってる」
「反省してるんだ」
「……反省はしてるよ、後悔はしてねえけど」
「結局瀬呂の思うツボだったわけか」
「どうでしょう」
「なんかむかつく」
「ふは、まあ今までの仕返しってことで」
「なんの仕返し、」
「……絶対言わねえ」
なにそれ、と思わず笑いを零したわたしから視線と感覚を奪うように唇が触れる。これが精一杯、みたいな顔で「ずっとこうしたかったんですけど」と呟くから、わたしはしばし目を閉じて、その空間に酔いしれた。