かみさまのわるふざけ



 ある日突然、僕の恋人は死んだ。
 死因は他殺でも自殺でもなければはたまた病気でもなくて、突然死だと医者は僕の前で宣告した。十余年の付き合いを経て結婚まで約束した恋人のちゃんは、残酷にも僕を残して死んだ。悲しむ暇もなくあっという間に終わった葬式も、意味が理解できないままに火葬まですべてが終わって、サーも気を遣ってか休みをくれた。高校の同級生のみんなも挙って連絡をくれて、いつも以上に優しくしてくれた。他の仕事仲間も、みんなみんな優しかった。それが却ってとても悲しかった。うまく呼吸ができなくて、葬儀所を出たあと、人の少ない駅のトイレで暫く泣いた。いっそ罵って欲しかったのかもしれない。たくさんの困っている人々を救うのだと、驕っていたこのてのひらを。

「なんで死んじゃったんだよ、なんで死んだの、ねえなんで、結婚しよって、言ったじゃないか……ちゃんの嘘吐き……っ」

 ふたりで住んでいたアパートは、ひとりになった途端にいやに広く感じてしまう。リビングで踞ると、ぼろぼろと涙がとめどなく溢れてくる。今まで出なかった涙が、溜まった分全てを吐き出すように。ああ、ヒーローは泣かないと決めたのに。そんな今更なことを考えたって、泣き止みたくても涙は止まらない。喉が引き攣れて、不恰好な掠れた嗚咽が漏れた。
 無個性のデクでも、恐れ知らずの笑顔で助けてくれる、オールマイトのような最高のヒーローになりたいのだと、ずっとずっと望んでいた。オールマイトの力を、ワンフォーオールを継承してからは尚のことビジョンに向かって励んだ。指の骨を粉砕してでも、腕や脚を骨折してでも、驕りに満ちたこのてのひらを真実に変える力が欲しかった。正しい使い道を掴んだ手で正規の順序を踏んで自分の望んだヒーロー像に近づきたいと思った。けれども蓋を開けてみればいちばん大切にしたかったものさえ指の隙間から取り零して、人知れず涕涙するほどのことしか出来ない情けない自分に辟易してしまう。そんなものになりたかったわけではないのに。
 ぐずぐずと暫く泣いていると、不意にインターホンが鳴り響いた。泣いていたことがバレないように慌てて手の甲でぐいっと涙を拭く。ずっと下を向いたまま泣いていたせいか、立ち眩みにふらつきながらも玄関へ向かった。

「はい、どちらさ、まっ、?」
「あー!出久泣いてる!」
「え、あ、え?」

 疲れすぎてとうとう幻覚でも見てしまったのか。それともこれは夢なのか。どの道、現実にはありえないことだったのでそっとドアを閉めようとするが、ものすごい力でこじ開けられてしまった。

「なんで閉めるの!なんで閉めるの!」
「ど、どちらさま、ですか、」
「聞いて出久、とりあえず、聞いて。なんか神様が、お前心残りあるだろって、それ解決するまではここにいていいよって……」
「あの、……からかうのやめてもらえませんか」
「ほんとだもん!顔みたらわかるじゃん!」

 確かに顔はちゃんそのままだし、声も性格も身長も全て同じ、本人のそれ。けれども彼女が死んでいるのは事実であって、夢じゃない。夢と疑うべきなのは、今のこの状況。頬をぎゅっと抓ってみたけれども、ちゃんと痛い。じわりと視界が歪む。ああ、どうしよう、また涙が出てきてしまった。

「出久、きっと悲しんでるだろうなあって思って……」
「か、悲しむに決まってるだろぉ……」
「なんかね、ちゃんと出久とわたしが覚悟できたら、わたし、成仏できるんだって」
「なんで、そんなの、意味わからないよ、嘘だ」
「わたしが死んでるのは事実だし、でも今ここにいるのも事実だよ?」

 彼女が死んだ事実を受け止めたくないという思いと、また会えたという事実に、たまらなくなってちゃんをぐっと強く抱きしめる。ちゃんと触れるのに、確かにあたたかな体温を感じるのに、幽霊だなんて嘘だ。

ちゃん、ちゃん……」
「出久は、相変わらず泣き虫だなあ」

 震える声で名前を呼ぶ僕の目元を優しく拭って、いつもみたいに、ちゃんは朗らかに笑ってみせた。