白紙人生



 教室よりも幾分か涼しげに感じるのは、一本道のように視界が開けているせいもあるだろう。四角く壁で囲われた教室も窓が整然と並んだ廊下も、実際の気温は然程変わらないけれども、なんとなく昼休み等の空き時間には廊下に出てしまっていた。今日も昼食を済ませて、校内にある自動販売機でジュースを買った後も教室には戻らずこうして廊下に留まっている。
 壁に体重を預けながらゆったりとあたりを見回せば、半袖シャツが大半を占めていてそれだけで夏を感じる。紙パックのミルクティーもあっという間に側面に水滴が浮かび、喉を通る温度も心なしかぬるくなり始めていた。

「あ、上鳴」

 同じく紙パックを手に持った上鳴も、半袖だ。キャラの割りに身長は低いと事あるごとに突っかかってきたけれども、眩いほどに彩度の高い金髪のおかげで少し離れたところからでもその姿をすぐに捉えることができる。名前を呼べば、大して驚いてもないくせに声を上げ、片手を挙げるのは恐らく癖なのだろう。上履きを引きずるように近づいてくる能天気な笑顔を真顔で見ていれば、右手をうちわに見立てて扇いできた。

「……ちょ、鬱陶しいから、やめてそれ」
「機嫌悪いな。暑いからだろ」
「なんでもそう言えばいいと思ってんでしょ、夏に謝れ」

 ごめんごめん、と片手を顔の前に立てるようにしてへらりと笑った。お気に入りだと自慢してきたごつい腕時計が鈍く光る。手首が細い分やけに存在感を放っていて、思わず目を向ければ昼休みがあと二十分あることを教えてくれた。

「次はー……今日火曜だから英語か」
「そういえば、」
「ん?」

 自然と横に並んだ位置から、僅かに距離が縮まった。パーソナルスペースがどうやら他のひとより狭いらしい上鳴は、必ずと言っていいほど会話の最中に距離を詰める。話に耳を傾けるため自然とそうすることが身についているのだろうけれども、今日は特に近い。思わず身体ごと後ろに引きそうになったのはそのきらきらとした金髪が目の前で揺れ、不本意にも動揺したからだった。それは不快感や違和感から来るものではなくて、もっと、夏らしいそれ。

「……この間のヒーロー情報学の、」
「うん」
「課題再提出だって」
「……うん?」
「来週の水曜日までって」
「……」
「先週の金曜日言ってた」
「ごめん、もっかい言って?」
「明日再提出だって」
「……ごめん、もっかい……」
「出しなね」
「……」

 ずず、と音を立てて飲み終えた紙パックがぺこんとへこむ。上鳴もすでに飲み切っているようだったけれども、ストローから口を離そうとせずそのままフリーズしたのを横目に、私は夏の暑さから逃げるように教室へ戻った。