put into a pigeon hole



 ……なんか、やけに見られている気がする。

 情事後の気怠い雰囲気の中、脱ぎ散らかした服やら残滓やらを申し訳程度に片付けているとぞわりとした悪寒に背筋が粟立って、俺は振り返りつつ不躾な視線をびしびしと突き刺してくる根源を睨みつけた。
 上は裸のままで下はトランクス一丁という風呂上がりの親父のような、なんとも中途半端な格好で布団に寝転んだホークスがこちらをじっと見ている。

「……んだよ」
「えっ、……いや、まあ、別に」

 見ていることすら無意識だったのか、やや不機嫌を滲ませた声色で訊ねるとホークスはそれを聞いてはっと我に返ったようにぱちりと目を瞬いた。あんなに見ていたのに別にじゃないだろと思ったけれども問い質すのも面倒で、なによりじわじわと蓄積していく乳酸で身体はずしりと重いし思考は鈍る。下がり始めた瞼の重さに抵抗するのもまた面倒になってきて、俺もパンイチのまま既にホークスが寝ている隣に身を投げ出すように寝転がった。
 たとえばこういうとき、あからさまに開いたこいつとの格差の諸々をありありと自覚してしまうから嫌だ。俺だって職業柄それなりに身体は鍛えているものの、やはり体力や持久力面ではプロヒーローには敵わないことを痛烈に理解してしまう。筋トレ増やそうかな、と思っていてもどうせ平日は仕事に追われてそれどころではなく、仕事終わりや非番になれば大抵こいつがいて、正直まともに休む時間などない。

「……さんって、」

 俺は眠いんだよわかれよ、見りゃわかるだろ、寝かせろよ、と思った。鈍いながらもかろうじて回る思考に対して怠すぎて口が動かない。どうせ起きる時間は変わらないのだから早く眠らせてほしかった。
たまの休日に10時間くらい自堕落に惰眠を貪ってみたくなったとしても、体内に鳩時計でも飼っているのかたとえオフの日でも普段の起床時間から遅くとも二時間で目が覚めてしまうのだから手に負えない。面倒だとか不便だとか、自分の個性に対して不都合を感じたことはないけれども、こういうときはほんの少しだけ厄介だなと思ってしまう。ああ、それにしても眠い。

さんて、結構メシ食うのに痩せてますよね」

 ばちり、と。その言葉を聞いた途端、一瞬、脳裏に閃光が迸った。

「……おまえ、ほんと、ばかじゃねえの」

 一瞬走った衝撃を逃さず、襲い来る睡魔を振り払って言葉を絞り出す。語彙は死んでるし凄む気力も体力もなかったけれども、言わなければ気が済まなかった。
 恒温性動物の長所は活動を一定に持続できることにあるけれども、エネルギー消費量も相応に多く、消費量に見合ったエネルギー、つまり食糧を多く必要とする。要するに燃費が非常に悪いのだ。そして鳥類の場合は往々にして身体が小さいがために大きな動物に比べて熱放散の割合が大きく、しかも哺乳類より高い体温を維持しなければならないから体重の割りに結構な量を食べなければならない。某BMIヒーロー程ではないにしろ俺も一般的には大食漢と言われる類の人間で、それはこいつだってわかっているはずだ。
 どんなに忙しくても平日の朝には必ずコンビニでおにぎりと某バランス栄養食を買って食べて、たとえ出動要請のない内勤だけの日でも昼には同僚に軽く引かれる量の飯を食って、毎日三食プラス間食もして、それなのに食事摂取量が体重に反映されない理由だなんてわかりきっている。

「おまえのせいだわ」

 食事量に比例しない体重の不増を事務職の女性に羨まれたこともあるけれども、これは決して羨むようなことでも憧れるようなことでもましてや妬みを買うようなものでもない。どんなに食べても一向に俺の体重が増える見込みがないのはこいつのせいだ。それでも、行為を拒絶しきれていない俺の深層心理でこいつのことがどうしようもなく好きなのだと痛切に思い知る。
 一緒にいて、楽、なだけだと思っていた。流れる沈黙はそのままにしておいてもやがてどちらかが無理なく打開することを知っているし、不快要素を無遠慮にばらまかないことを俺たちは互いに理解している。気の置けない友人のような、およそ色恋とは縁遠い心地よさが俺たちの間には初めから存在していて、だからこそ、こいつの吐き出す恋やら愛やらの言葉を真に受けてはいけないし、深追いをするような真似をしてはいけないと思っていた。そんな俺の意思を砕いたのは他でもないこいつ自身で、今となってはこのざまだ。嵌っている、と称するのが一番正しいのかもしれないけれどもそれを不満だとは思わない。
 ごろりと寝返りをうちながらくっついていた瞼を無理矢理持ち上げるとホークスがぽかんと目を丸くしている顔が視界に入って、ああ鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのはこういうのを言うのか、なんてどちらかといえば鳩は俺の方だというのにぼんやり考えていると目が合ったものだから、ふんと鼻で笑ってやると漸く意味を理解したのか途端にぶわ、と顔を一瞬で赤く染めた。その様子にざまあみろ、と内心舌を出す。いつも散々振り回されているのだから、こういうときくらいは溜飲を下げることが許されてもいいはずだ。

「……ばぁか」

 俺の体重の増減に伴って愛情が目減りするようなことはない。愛情は目に見えないし、お互いの愛情の質量などわかるはずもない。
 不可視の愛を確認するすべは持たなくても、その愛の価値を相互的に理解できていなくても、やっとの思いで捕えたものを逃す気にはならなかった。

 もしかしたらこういう感情のことを幸せというのかもしれない、なんて。
 もしも言ったら、こいつは笑うだろうか。