※映画4作目ネタバレあり
※FA×RE!×MHA
※苗字固定
Le chevalier manchot
「おやまあ、随分と無茶をしたね」
「……悪い、面倒をかける」
アンナの身を取り戻して、俺たちの関係性にも若干の変化があり、それから少し経った頃、俺はある人物の元を訪ねた。
一般的な日常生活を送るのに辛うじて支障は出ない程度に(これを最も簡潔に言うと「申し訳程度に」になる)メンテナンスした義肢の破損具合を見て、女は頬に手を当てて重いため息を吐いた。説明せずとも凡その事情を察して呆れたような表情を浮かべた彼女に、思わず苦笑を漏らす。
彼女――
アレクシア・レコルト――はボンゴレファミリーのメカニック担当構成員だ。ヨーロッパ圏で括ればゴリーニファミリーがマフィア界隈の頂点に躍り出る一方、ボンゴレはイタリアに拠点を構える裏社会の人間ならば知らぬ者はいない程有名なファミリーだが、その実態はどちらかと言えば組織犯罪集団よりも自警団に近しい。そして、ボンゴレファミリーが有名なのはイタリア最大手のマフィアだからという理由だけではない。なにせ彼らは今や世界総人口の約八割が何らかの“特異体質”であるこの社会に於いて“個性”を持ち得えず、しかし“死ぬ気の炎”という“個性”とはまた異なる能力を持ってこれまで裏社会で生き永らえてきたからだ。
マフィアではないうえにクリーンな資産家であったシェルビーノ家の当主、アンナの父親にボンゴレと親交があったと知った時は相応に驚いたけれども、実際にボスと会って話をしてみればどこか納得もできたのだった。旦那様と親交があったのは先代の九代目で、そちらは結構な年嵩であったと記憶している。現在ボンゴレのボスを務めているのは十代目の沢田綱吉、名前の字面からも察せられるが聞くところによれば出身は日本らしい。顔立ちや雰囲気は良く言えば穏和、悪く言えば弱々しい。けれどもただ優しいだけの人間がかの独立暗殺部隊ヴァリアーをも抱えるボンゴレのボスになれるわけはないのだから、この十代目もボスを務め得るだけの実力があるのだろう。
あの日。屋敷が襲撃され旦那様を始め多くの人間が亡くなり、アンナがバルド・ゴリーニに攫われた後。倒壊した瓦礫に右腕と右眼、左脚を潰された俺は文字通り這って行ってボンゴレファミリーに助けを求めた。彼のファミリーには特殊な義肢装具士がいると以前に旦那様から話を聞いたことがあったからだ。
そうして面会の機を得た俺にボンゴレ十代目から直々に紹介されたのが彼女、
アレクシア・レコルトだった。亜麻色に近いミルクティーブラウンの髪を後ろで雑に括り、菫色の瞳を持った二十代前半であろう見目の若い女だ。最初こそはこんな経験の浅そうな女で大丈夫かと疑いの目を向けたけれども、実のところは技術も知識も申し分なく、それどころか俺の事情を鑑みて普通のものを装着するだけでは心許ないと、武器腕になる銃機構や追尾型エンジンへの形態変化を始め、専用バイクの遠隔操作を可能にするコントロールパネル等といったさまざまな仕掛けを武装内蔵させてとんでもないクオリティの義肢を作り上げてきた。
レコルトはこれらの義肢を総称して
機械鎧と呼んでいる。素材は基本的に鋼鉄または強度の高い合金製、筋肉から発せられる神経伝達用の電気で動く筋電義肢で、その構造は人工筋肉を用いているために本当の手足のように動かすことが出来る技術はいっそ変態的だ。あからさまなオーバーテクノロジーを感じるものの、俺にとっては僥倖以外の何者でもなかった。勿論、リハビリは文字通り血反吐を吐く程に苦しかったけれども。
「うーん、多分これ、イチから作り直さないとダメだね。軸と継手が完全に潰れちゃってるし腕の神経も切れてる。再利用するのはリスクが高いからオススメしないよ」
「だろうな」
「ついでに身体測定もしようか、腹部の骨何本かやったって聞いたし、前に会った時よりちょっと伸びただろう」
「……そうか?自分じゃ気付かなかった」
俺の腕から一度取り外した破損と傷まみれの機械鎧をしげしげと眺めながら言う。レコルトもれっきとしたマフィアだというのに、それを微塵も感じさせない気安さとフラットさに未だ慣れない。シェルビーノ家に雇われてからは誰に対しても極力丁寧な言葉遣いを心掛けるようにしていたものの、彼女に慇懃な対応を控えるように言われてからはほぼ素で接している。バルドの要塞でデクと話した時に覚えた既視感の正体は、恐らく沢田やレコルトだったのだと思う。デクといい沢田といいレコルトといい、日本人というのはどうして皆押し並べてこうもお節介気質なのだろう。いや、彼女は日本人ではなかったか。国民性というよりも当人らの資質に依るものかもしれない。
「機械鎧のデザインは?前回のを引き継ぐかい?それとも新しくしようか?」
「あー……、」
「目的は達したんだろう?心機一転の意も込めてすっかり新しくしてしまってもいいと私は思うけど……、まあ世界の治安が悪いことには変わりないからね。そこの判断は任せるよ」
アンナの奪還という目的を既に達成した今、目下の悩み事はそこになる。前回からデザインを完全に変えてしまうのも一案として悪くはないけれども、性能面を一新すると慣れるまでに時間がかかる可能性があるし世界の治安はそれほど良くはない。比較的治安が良かった筈の日本ですらあの有様なのだから、攻撃や守護に特化した“個性”を持っているわけでもない俺と、相殺により完全に変容因子を出し尽くして“個性”を失ったアンナが今後生きていくためには、それなりの自己防衛手段が必要なのだ。
「それとも、私じゃなくてジャンニーニに頼むかい?十年前ならいざ知らず、今や彼も一流の武器チューナーだ。機械鎧ほどではないかもしれないけどそれなりの性能を持った義手は作れると思うよ」
「いや、あいつは余計な魔改造をするからごめん被る。お前の方が信頼が置ける」
「それはそれは。技術屋冥利に尽きるよ、ファミリーとしては複雑だけど」
沢田にレコルトを紹介してもらう折り、同時にジャンニーニとスパナという男性メカニック二人にも会ったのだ。結局のところ、その時の目的に一番合致していて且つ一番まともに話が通じそうだったのが彼女だっただけで深い意図はない。というか、今になって考えてみれば沢田もそれを分かっていて敢えて二人共と俺を会わせたのだろう。腐ってもマフィアと言うべきか、殊勝なナリして喰えない部分もあるということだ。
「とりあえず、今すぐに出来るものでもないから暫くはスペアを着けてもらうけど……、早くて四日かな。寝なけりゃ二日だ」
「それは頼むから寝てくれ。整備にミスがあっても困る」
「そりゃそうだ、じゃあ四日だね。本当は出来上がるまでうちに滞在してもらえれば再訪の手間が省けて楽だけど、君たちはそれを迎合しないだろう?」
「……まあ、俺たちはマフィアじゃないからな」
むしろイタリア最大規模マフィアの本拠地に滞在だなんて下手な市街地よりもよっぽど危険だろうに。守護者ならば癖は強いがまだ話が通じるからマシな方で、これがヴァリアーの面々とうっかりエンカウントした日には何をされるか分かったもんじゃない。命を天秤にかけたスリルを楽しむ趣味は俺にはない。先代のことはよく知らないがきっと沢田のスタンスは九代目に似ているのだろう。どちらかといえば、ヴァリアーの方がより本来の“マフィアらしさ”を持っている筈だ。
「だから同盟を組むか庇護下に置くかって打診をしたのに」
「義肢の件がなけりゃ関わることのない人種だったろ。ごめん被るね」
「……ま、事情は人それぞれだからね。強要はしないさ」
そもそもが他ファミリーと比べてボンゴレの善良さと寛容さが異常なだけで、バルド・ゴリーニに奪われたものものへの恨みは消えていないし未だマフィアへの心証は最悪だ。
機械鎧を作ってくれたことには感謝しているし、守ろうとしてくれているのは有難いが、アンナの“個性”が消えた今、もう“個性”強化を目論む他者からの脅威を感じる必要はない筈で、今更と思う部分もあるもののこれ以上の深い関わりを持つべきではないというのが俺の結論だった。
「……そもそもが、だ。俺の機械鎧製作を請け負った理由は何だ?」
「理由?」
「言い換えようか。お前らにメリットがない」
同盟か庇護かという話も、メリットとデメリットが半々といったところだろう。というより、俺たちにメリットはあれどボンゴレにはメリットが一切ない。“個性”を持たない集団なのだから。機械鎧の製作だって彼女にはメリットなんか殆どなかった筈で、それどころか完全に外野の人間にこんな技術と叡智の集合物を与えている現状を鑑みれば、その情報の流出にこそ懸念を抱くべきではないだろうか。
「メリット。メリットねえ、……それってそんなに大事なものかな?」
「は?」
「――昔話だ。私の生まれた国はそれなりに紛争も多くてね。およそ30年前の話になるけれど、かつて軍事将校が東南部に属する少数民族の子供を誤射して殺してしまった。それをきっかけに勃発した内戦は能力持ちの軍人が大量投入された殲滅戦に至るまで6年にも渡った。国内外、人種問わず多くの人間が死んだよ」
「……」
「生き残ったものの、内乱で四肢欠損・半身不随になる者も多くいた。大人も子供も、犬猫の動物でさえも、だ。だからこそ機械鎧は、そういう不自由を感じる者たちの救済になるべきだと私は考える」
「……なるほどな」
「ま、機械鎧の発展や技術進歩が早いのはそうした事態故に、というのはある種の皮肉だね。初期投資も維持費もバカにならないし」
高額なのは最早仕方がない。人間の身体は成長するもので、成長したら機械鎧も服と同じで仕立て直して都度調整を掛けなければいけないからだ。レコルトが言うには今の機械鎧は比較的温暖な気候に適した状態の材質を用いていて、これが寒冷地や熱帯地などの温度や湿度が極端な場所では従来の材質では不具合が起こりやすいのでまた仕様が変わるという。金属の塊なのだから当たり前だ。
機械鎧を装着して暫く経つが、今だって平均的な気候の地でも雨の日等の湿気の多い時期は関節部が痛むし、メンテナンスを欠かすと錆びが起きることもある。可動部には機械油を指す必要があるから本格的な整備とは別に常日頃から手入れはしなくてはならない。本来はリハビリに三年は要するというところを、無理を言って半年ほどで切り上げたのだから無茶をしている自覚もあった。そのせいか反動も大きく些かピーキーではあるが、それでも十二分支えになっている。これのお陰でアンナを助けられたと言っても過言ではないのだから、正しく救世主であったとも言える。文句や不満などあろうはずもない。
「こちらとしては提示した請求分をきっちり払ってくれれば文句はないさ。申し訳ないけど無償という訳にもいかなくてね、外部の人間だから多少上乗せしてはいるけれど……、問答の本質はそこじゃないだろう?」
俺は孤児で、シェルビーノ家に拾われて多少勉強はしたけれど執事としての技量を磨くのが主でそれもこれもアンナの助けになるためだった。だから一般教養を含めた知識そのものは付け焼き刃に近しい。正直に言えば学がない。だからレコルトが言っていることの意味は理解できても、そこに内包された深い意図を察するのは容易ではなかった。
「綺麗事を言っているように聞こえるかもしれないけれどね、全くもってそういうつもりじゃない。うちのボスほど優しくないし利己的な人間だよ、私は。等価交換の法則は何も物品と金銭の取引に限った話じゃないし、『困っている者たちの助けになれたら嬉しい』というよりも本音は『機械鎧の機能性や美しさを世界に広めたい』だ。ブランド品を買った時にショッパーを持ち歩くのが宣伝代わりになるのと同じさ」
「……、」
「この回答でもまだ何か不満があるというのであれば、こっちの言葉はどうかな?【やらない善よりやる偽善】、だよ。ジュリオ・ガンディー二君」
「は、」
スペアの機械鎧を左手で肩に担ぎ、右手にスパナレンチを携えたレコルトはおよそ裏社会の人間には見えない明朗快活な表情でにっこりと笑う。
「よく言うだろう?お節介はヒーローの本質だって」