ひどい有様であったし、結局最後まで、ひどい有様のままであった。
肌寒い春だった。施設を転がるように飛び出した。なにもかもを詰め込んだスポーツバッグを持った爆豪を引きつれたは、密かに続けていた新聞配達のアルバイト代をはたいて東京行きの特急列車のぞみ、指定席を二枚購入した。財布を確認することはしない。地元へ帰ることができるような残額ではなかった。それでもかまわない。大丈夫だな、と呟くに、爆豪は何も言わず頷いた。
「話は聞いてたけど、なんだこれ、こんなんで家賃取るんか」
「屋根と壁と、雨風しのげるだけありがたいって」
だめだろこんなん。爆豪はここ一週間口癖のようにそうぼやく。腹の底ではたいして困ったとは思っていないだろうことはにはわかっていたから、特別なにか、爆豪のぼやきに嫌気がさすだとか、そんなことはひとつもないのだ。
はとある工場に就職口をみつけていて、来週から勤めることになっていた。二人揃って無職では食べていくどころか、東京にあっても驚くほど低い、このアパートの家賃さえ払えない。爆豪は大衆食堂で働きたいのだとかなんとかとごねるものだからなかなかに就職が難しい。彼を散々引きずりまわすことには一握の罪悪感もなかったも、彼のやりたいことには口を出さないでいた。爆豪が施設からくすねてきた食料も、ちなみの全財産も、東京になじみはじめた上京八日目の朝に底を尽きようとしている。このような状況では、就職を急ぐのが賢い手立てであったかもしれないけれど。
「とりあえず明日明後日くらいまでは食いつなげんだろ。来月からは給料入るはずだし、バクゴー、それまでに仕事見つけな」
電気のない暗い部屋でが言う。この部屋にはなにもない。頻繁に行きかう電車のライトを、すこし痩せた頬が白く照りかえした。線路沿いのアパートであったから、街灯の明かりに加えて時折轟音と共に電車のあかりが差し込む。重要な光源だ、迎え入れるために昼夜を問わず、備え付けのカーテンは開いたままにしてあった。
「おう、ぼちぼち日雇いでも入れながらな」
「んだな、今月はお前の日雇いにかかってるわ」
「テメエ変なプレッシャー掛けんのやめろ」
爆豪が珍しく眉をハの字にして笑った。この部屋には布団もない。爆豪が施設を出るときに詰め込んできた大判の毛布がひとつ。施設の衛生環境は悪くなかったし清潔な寝具には恵まれていたから、汚らしい畳に寝転ぶことは一日二日の間憚られた。しかしここ数日ですっかり慣れてしまったのだ、人間の適応能力というのは侮りがたい。ぼんやりとそんなことを思い浮かべて、は毛布を引き寄せる。堅い畳に身を預けた。
「なんてことはない、頼りにしてんでって話」
「マジでやめろ、テメエ最近キメエぞ」
毛布の左側、爆豪が滑り込む。育ち盛りの少年二人が眠るにはすこし小さな毛布だ。まだ温かいとはいえない東京の夜、互いの腕の体温だけは確かに存在していて、そしてその春、縋ることができたのは互いの腕だけだった。