メンテナンス



 は少々時間の使い方が荒いところがある。しかしそれが仕事の場面で零れてしまうことはなく、爆豪がについて無駄が多い、と思うのは決まってなにもない、穏やかな休日のそのときだけだった。
 時折散歩にでかける以外にあまり外出を好まない彼は、海外の古い映画が好きだ。依頼が入れば、達成するまで交渉から計画まで常に多忙を極めるブレーン。自分の仕事が片づいた途端に時間の概念を忘れたようになる。そこそこ大きな依頼で入る収入の二つぶんほどの値段、爆豪にはぜったいに秘密。、上鳴、切島が地道に貯金をして購入した大型の液晶テレビ。その前におかれた一人掛けの椅子が、余暇を満喫するの指定席だ。
 今日もはそこにいる。二時間三時間、生きるために必要な要素以外は排除して、ほとんど一日中、そこに座ったままでいる。昨夜の作戦でこしらえた頬の切り傷には間抜けに絆創膏が貼られていて(散々抵抗を試みたが、変に強情なところがある切島に根負けしたのだ)、その横顔は俯き、手元の文庫本に視線が落ちている。点いたままのテレビからは、彼の気に入りのSF映画が、建物に響き渡るほどやかましく流れていた。

「あいつまじ、どっちかにしろよ」

 爆豪が厨房の奥、換気扇の下で煙を吐いた。
 彼の声も瀬呂が昼食を用意する音も、宇宙船が爆発する音にかき消されてしまう。はぺらりとひとつ、ページを捲った。映画を見るのか本を読むのか、どっちかに集中すりゃいいだろうが。爆豪はそうぼやいたし、上鳴もあれでは電気代の無駄でしかない、と常々思っている。けれどああなったはなにも聞かない。半ば諦めを混ぜながら、単調にまな板を叩いた。

 施設にいた頃からはよく本を読んでいて、それは時に年相応なおとぎ話であったり、大人たちの本棚から器用にくすねてきた、不相応に小難しい哲学書であったりした。上鳴はそんなものには興味がなくて、しかし心をすっかりと閉ざしたを懐柔したのは自分だ、という自覚だけはあった。がきちんと仲間たちの輪に入るまで隣に寄り添うのは、その道を開いた自分の義務だと思っていた。加えて、他の子どもたちとは一線を画してひどく頭の切れるが、純粋に気になっていたこともある。彼の読む本は、もちろん上鳴の興味をくすぐった。無口で人見知りをするが、自分だけのためにきれぎれに話す。彼の言葉が心地よくてたまらなかったのを覚えている。
 施設を出てなだれ込むように就職したのち、ここへ移り住むまで二人で過ごした、風が吹けば飛ぶような古びたアパート。は時折今と同じようにして映画を横目に、本を読んでいた。違うのはVHSがぎこちなく再生する、黄ばんだ画面であったことだけ。隣の部屋に聞こえんばかりの、というか実際に苦情を受けさえした大音量で再生されるSF映画は、いつも同じものだった。

「なんでいっつも同じの見てんの」

 上鳴が何の気なしに問うたとき、

「これしか持ってない」

 と、は薄い紙を捲りながら答えた。
 とうとうしびれを切らして、どっちかにしろ、と爆豪が怒鳴り散らしたこともある。そのときは、いつもの、すこし眠たげな目を爆豪へ向けて、「なにも考えたくない」と言った。「そうか」と爆豪は言った。正解が見つからなかったのだ。
 自分がとても愚直なのを、上鳴は誰よりも理解している。正反対とも言えるような、最先端の精密機器じみた思考回路を持つを健診してやれるのは爆豪ではない。自身だった。彼を理解してやることは、爆豪にはとても無理だ。
 野菜を刻む手を止めてふと視線をあげると、彼が見ていたのはあのとき、VHSで見ていたその作品に間違いなかった。きっと「なにも考えたくない」のだろう。爆豪が「うるせえあれ」と低く漏らし、上鳴は、「そうだな」。はてどういうストーリーだったかしらと、目先の映画に思いを巡らせていた。