ろくでなしハートブレイカーズ



 あれは昼を少し過ぎた時間帯の、日差しが嫌になるほど周りの空気を照射伝導対流で暖めた日のことであった。
 夏真っ盛りのこの時期は、夕方に近づいても太陽が「俺の本気はこんなもんじゃないんだぜ」とでも言いたいかのようにしぶとく辺りを夕焼けに染めていて気が滅入る。心頭滅却すれば火もまた涼しとは言うけれども、未だ高校生の身の自分には難しく、しかもあの言葉は確か焼き討ちされた寺の住僧が焼死を覚悟した際に発したものではなかっただろうかと考えると尚更出来るわけがないと思いは頭を振った。みずからの身分に甘えるつもりは毛頭ないけれども、そんな境地に達するにはまだ早いと思いたい。

 じっとりと肌に纏わりつく暑さと湿気から逃げるように入ったコンビニで、母親におつかいを頼まれた牛乳と食パンを買い終えたは出入り口の棚に置かれたテレビ雑誌に目をつけて足を止めた。手に取ってパラパラと薄いページを捲れば今期大注目のドラマ、とタイトルの大きな文字と登場人物一人一人に事細かな説明文がついている記事に辿り着き、興味のある部分だけをじっくりと読んで、あとは速読の真似事をするようにさらりと読み流す。その間にも何度か自動ドアの開く音が聞こえて、ドリンクコーナー付近の壁に掛けてある時計を見遣り、見たい番組まではあと三十分程の余裕があることを確認すると記事にもう一度目を通した。買うか否か暫し迷ったけれども、先程レジで開けた財布の物悲しさを思い出して、潔く棚へ戻す。素足で履いているのも相成ってぺたぺたと音の鳴るサンダルを自動ドアに向け顔を上げると、見知った後姿が視界の片隅に入った。

「あ、」

 思わず声を上げてしまい、反応した爆豪が赤い目をぎらりと鈍く光らせこちらを振り返る。平素学校で見る、不機嫌を前面に押し出している尖った表情よりも僅かに気の抜けたそれに、自分の口角が少し上がるのが分かった。ぼさぼさの髪の毛はお互い様なので触れず、よくわからないセンスのだらしないTシャツとジャージもお互い様かとガラス窓に映る自分自身に苦笑を向けた。爆豪が制服時と違わず腰で履いているだぼついたジャージは、まるで工事現場のお兄さんのようだとひっそり思う。所謂ニッカポッカというやつだ。
 図らずも声を掛けてしまった手前なかったことにしてそのまま帰るわけにもいかず、近づきながらひらりと軽く手を上げたけれども、の真似をするわけでもなくフンと軽く鼻を鳴らすに留めた爆豪は、その後何事もなかったかのようにアイスケースへと視線を移した。横から覗き込むようにして並ぶと「……おまえ」とジャージのポケットに手を突っ込んで、アイスケースへの視線はそのままに爆豪が呟くように口を開く。

「甘いモン好きか」
「うん、普通に」
「……あっそ」

 雑誌はやめたことだしアイスにするか、と自分の金欠具合を頭から追いやりどれにするか悩んでいると、爆豪が素早くケースの戸を開けそこからパピコを取り出した。涼しげな水色のパッケージから鑑みるにホワイトサワー味だ。スプーンを使わないし、それは確かに正解かも、とスーパーカップに傾いていた心がぐらりと揺らぐ。チョコモナカジャンボも捨てがたい、とは言え今年に入って未だスイカバーを食べていないことを考えれば今日がその時か?いやいや、でも……。
 うんうんと唸りながらのめり込むようにガラスの向こうに並ぶアイスたちを睨み付ける勢いで見つめていると、「おい」と再び爆豪の声がした。

「ねえどれがいいと思う?チョコモナカジャンボとスイカバーで迷ってるんだけど」
「やる」
「は?」
「半分。俺こんなに食わねえから」

 目前に差し出されたのはパピコの片割れ。すでに口を開け咥えた爆豪は早く受け取れと鋭い双眸で訴えてくる。店内で開けていいものなのかと思ったけれども、ぼんやりとした店員は特に注意することもなく手元で何かの整理を始めている。
 「おい」と反応のないに些か苛立ったようにパピコを近づけ促してくる爆豪の勢いに押されて思わず受け取ったは、すたすたとコンビニを出たその後ろ姿を慌てて追った。制服のときにも思ったことだけれども、ズボンを腰で履いているわりに爆豪は足が速い。

「ちょ、え、お金払うよ」
「……、いいっつーの」
「割ったら30円ぐらい?」
「それガリガリ君じゃねえかふざけんな」

 そうだった、とどこまでもケチくさい自身に突っ込みを入れつつ、剥き出しで持ってきた財布のファスナーに手をかける。それにしても、爆豪もガリガリ君とか言うんだな、という考えは口に出さず飲み込んだ。恐らくそれで正解だ、未だに沸点も引火点もわからない意外と繊細である爆豪の神経を無駄に刺激する必要性は微塵もない。

「今度がパピコ食うとき半分くれりゃあいいから」

 じゃあな、と手を振るでもなく去っていく爆豪に些か呆然としながらも、条件反射で「また明日ね」と返して手を振っていた。
 その後ろ姿が見えなくなるまでその場に棒立ちになっていたけれども、後ろで自転車のベルが鳴ったのではっと漸く我に帰り、慌てて脇に避ける。

 お互いに休日のだらしなさを露呈したことだとか、爆豪がアイスを分けてくれたことだとか、とても久しぶりに自分の名前を呼んだことだとか、思うところはいろいろとあるけれども、とにかく予想外の出来事が立て続けに起こってしまった。

 そして、は先程のみずからの返答を顧みてはたと気付く。
 今は、夏休みだ。