不可抗力ドラマティカ



 収まりきれずにはみ出すジャージあり、くしゃくしゃにされたテストあり、驚く程の大量のお菓子あり。教室の後ろにあるロッカーには、いろいろなものが詰まっている。

 汚ねぇ、と我ながらよくそんなドスの利いた声が出たもんだと暢気にも思いながら呟けば、隣にしゃがみ込んだはまるでいたずらがばれた子供のように大げさに肩を揺らしてそれに答えた。その面持ちは普段の暢気なものとは到底似つかないようなもので、俺はがこちらを見ていないのをいいことに息を吐き出して笑ってしまう。いつだってへらへらと抜けたような笑みを浮かべている人間がこんなにも思いつめた表情をしているのだとなると、心配よりも前におかしくなるもんだと思った。けれどもは俺の笑いともため息とも取れるそれを聞いてさらに身を縮ませた。きっと落胆の意味にでも受け取ったのだろう。そう思えば、よりいっそう面白く感じられた。

「も、もうしわけない、ゆるしてたもれ」
「てめえは何様だ」
「もうしわけございません爆豪さま、おゆるしを」

 俺にとってはそうでもなくても、にとってはすっかり動揺してしまうほどの状況らしい。は奇妙な言葉を器用に並べて、俺を張り詰めた瞳で見上げる。この様子じゃあ、後ろから小さく飛んでくる笑い声にも気がついてないんだろう。そのことに俺は深く息をつき(これをまたは勘違いして萎縮した)、そしてほのかに残るおかしさを隠しての横に座り込んだ。目の前にあるのは、本当にこれが女子のものなのだろうかと絶句してしまうほどののロッカーで、その下に申し訳なさそうに存在しているのは俺のロッカーだった。

「どうやったらこんなんになんだよ」
「あはは!いつのまにか!」

 笑い事じゃねえ、べちりとの額を小突きながらも俺はロッカーから目が離せない。ずいぶん前からもう閉まらなくなったと嘆いていたロッカーの扉はかわいそうに頼りなく彷徨っている状態で、そうさせているのは飛び出さんばかりのの私物だった。教科書に、辞書に、ジャージに、漫画に、菓子。その量はいっそ夥しいほどで、一番目に付いた色とりどりの大量のチュッパチャップスにのいつも口にしているそれは、なるほどここからだったのかと半ば現実逃避のように考えてしまうのもきっと無理はないと思った。

 思えば幼稚園からの付き合いだけれども、は整理整頓というか、身の回りのことに随分と無頓着であった。よく鞄だって開けっぱなしでやってきてはまるで漫画みたいに教室の中でそれをぶちまけるし、授業中だってなんのその、眠けりゃ寝るし、天気がよければ風がビュービュー吹いていても気にせずに窓を全開にあけて笑っている。端からすれば迷惑としか言いようがないようなことばかりなのだけれども、しかしなぜだかが悪意の対象にされることはなかった。多分それはの、このほんわりとした周りにいるとなぜだかほっとするような空気に誰もが自然と中和されてしまうのだ。もちろん俺だって例外ではなく、普段こその奇行には生暖かい目で接してしまうけれども今回のことばかりはそうはいかない。だって、このままだとこいつは俺のロッカーまで占領しかねない勢いだ。俺は自分のロッカーとのロッカーを交互に見やりそしてちらりとを一瞥した。そうすればの顔からはいつの間にか緊張の色はほぐれていて、は見慣れた笑みを浮かべて俺を見返した。えへ。俺は思わず再びの額にでこぴんを食らわした。

「つーか、もういい、俺がてめえのロッカー掃除してやる」

 ダメだ、こいつ。がっくり項垂れながらもを憎めきれないのはなんとも理不尽だ。俺は呆気にとられるの返事を待たずに一番場所を占めていた教科書類に手を伸ばした。のアホ、こんな一年前の教科書いつ使うんだ。ぐらりと教科書が揺れる。ずいぶん重たいと思っていたら、その上にはまた漫画が乗っかっていたらしかった。教科書もろとも、漫画が雪崩のように崩れ落ちる。人のものだけれども、これを撤去すればロッカー本来の姿が現れるのだと思えばいっそ清々しいと思った。けれどもにとってはそうもいかないらしい。ははっとしたように目を見開いて雪崩落ちたあとのロッカーを俺から隠した。

「なんだよ、俺が綺麗にしてやるっつってんだから黙って見てろ」
「わーわー、いいですごめんなさい自分でやる、自分でやるって!」

 激しく今更だと思った。自分でも気付かなかったけれども、俺はもはやこののロッカーを綺麗にするということにいつの間にか使命感なるものを抱いているらしかった。元来綺麗好きなほうである。の片付けるはきっと片付けるという行為にはならないだろうことは目に見えてるばかりに、いっそう増した意欲はもうどうしようもない。しかもこのの慌てぶりように、床に散らばる日々青春のバイブルと称して大事にしているらしい漫画を放り出しての行動。電撃のように直下したシックスセンスはきっと疑う余地もない。ロッカーに、が何かを隠しているのは間違いない。俺は無意識に口角があがるのを感じた。

「なあちゃんよォ、いい子だからどけよ、お兄さんが掃除してやるからよ」
「い、いやだあ、怖いー怖いから勝己くーん!ひ、……っ!」

 アホ、恨むなら自分のだらしなさを恨むんだな。俺はふと零して、そうしてをべりっとロッカーから剥がす。瞬間聞こえたのはの息をのむ声。そして、密度が低くなったロッカーの中で見事にチュッパチャップスの下敷きにされていたのは、いつかの体育祭でモノマネ野郎のハチマキを奪い取る瞬間の、俺の写真だった。ああそういえば経営科が体育祭の写真を売り出しているとアホ面がはしゃいでいたな、なんて認めるやいなや横から出されたのはのほそっこい腕で、その腕のどこから力が出てくるんだか、瞬時に写真を抜き去ったかと思えばはロッカーを思い切り閉めて立ち上がった。はっとして見上げれば、そこにあるのは今にも泣き出しそうに潤んだ目で真っ赤な顔をしただった。耳元で踊るのは、反動でふたたび彷徨いだしたロッカーの扉。その音に引き出されるようにある気持ちを、俺はとらえきれずにただ馬鹿みたいにを見つめ続ける。胸が、いやに熱い気がした。