俺の幸せは
君の幸せの在る所に存在している



、こっち見ろ」

 やけになげやりな声でそう呼ばれたと思いつつも、ぼぅっとしていたせいで頭が上手く回らない。授業前はいつもこう。色んなことを考えてしまうから、身の回りのことがおろそかになる。強引に強い力でぐっと顔を反対方向に寄せられて、おれははたと正気に返った。こんなことをおれにするのはただ一人だけ。かっちゃんだけだ。気まぐれにこうやって顔を寄せてくるのは彼の得意技。もちろんこれは、おれとかっちゃんが"恋人"という関係であるから成立しているのであろうけど。
 深紅の印象を強烈に残す、彼の視線が至近距離でおれに刺さる。個性の影響なのかわからないけれども、くらくらしそうな独特の色香を彼は放っていて、おれは何かに負けてしまいそうだった。ほんのり香るあまいかっちゃんの匂いがおれの感覚をじわじわと犯していく。
 この視線と匂いには、いつまで経ったって慣れない。

(喰われ、そう)

 実際もうとっくにちゃっかりかっちゃんには喰われているのだけど、それは一旦置いておくことにする。かっちゃんの視線は震えにも似た感情でおれを支配した。鋭くて、人の深いところを探るようなくっきりとした瞳。いわばかっちゃんのセールスポイント。何秒か見つめ合ったあと、細く骨張った手のひらでゆっくりと頬と唇をなぞられた。緩やかで、やらしい手つき。おれを撫で繰り回しながら自分の唇を舐めるのはやめてほしい。どきどきしてまうから。
 ここ教室だよ、ちょうど皆居ないけど!というツッコミも忘れて、ただおれはただかっちゃんのなすがままに任せた。時が止まったみたいな意味のない時間が心地よかった。教室だけど、今すぐぐちゃぐちゃにしてほしいって思ってしまう。そんな妖しい引力をかっちゃんは持っている。これから授業だけど、おれはその間我慢出来るんだろうか。ちょっと不安になる。そして気まぐれに、だけど確かな意思を持って今おれに手を出してるかっちゃんも同じように。もう我慢できなくってもいいかもっていうくらいには、一瞬で彼に理性を奪われていた。おれの頭って相当簡単な造りなんだなって自分であきれるくらいだ。

(キス、しないのかなぁ)

 ばかみたいに、もうこういうことしか考えられなくなる。なんだかまるで獣みたいだ。かっちゃんに見つめられたならおれは、単細胞で単純な生き物になったみたい。

「あー……だめだわ」
「かっちゃんだからね?こうやって仕掛けてきたのは」
「わーってるわ!があっまい顔してんのが悪いんだろうが!今もとろけてますみたいな表情しやがって!」
「うっわ、大人げない〜人のせいにするんだこのわんこ」
「んだとコラ」

 でもこうやって馬鹿馬鹿しいくらいの会話を続ければ、さっきまでの淫靡な雰囲気はどっかに行ってしまった。ムラムラしちゃってたのが嘘みたい。いつもの友だちの延長線みたいな緩いおれたちが戻ってきて安心する。体の関係を幾度も重ねてしまった今でもこういう関係が持てるのは単純に嬉しい。容赦ない言葉の応酬も、三日前におれの身体の前で参ってた彼の姿を思い浮かべれば可愛く見えてくるから不思議だ。
 言い争うのをやっとやめたかと思うと、ちゅっと軽くかっちゃんの唇がおれの唇をついばんだ。不意討ちなんて、ずるい。優しいフレンチキスを幾度か重ねながら、彼は自分に言い聞かせるみたいにおれに放った。

 まるでヴィランみたいな悪い顔しながら『終わったら、部屋来いよ、わかってんだろ』ってさ。
かっちゃんはやっぱり獣だ。