※よそのこお借りしてます

君のリボンを結んだ僕の両手の下心



「13号先生、好きです」

 もう何度目になるだろうか。既に聞き飽きたと言っても過言ではないその言葉に対して、ありがとうございます、とだけ返すことはもはや常套手段になっていた。受け流されていると察したのか、僅かに唇を尖らせたさんから拗ねたようにじっとりとした目線を感じて、思わず頬が弛んでしまいそうになるのを慌てて引き締める。表情筋の変化など、全身をすっぽりと覆うヒーロースーツに隠れて見えやしないというのに。そうしてみずからの感情の機微を覚られまいとみっともなく右往左往して内心必死になっている僕の胸懐も苦労も、勿論さんは知る由もない。
 言葉を受け取るだけならば、とても容易いことだ。生徒に好かれて悪い気になる教師などいない。嫌われてしまうよりかは好かれる方がずっと、ずっといいに決まっている。そうして彼女が素直に真っ直ぐにぶつけてくる想いを邪険にできない自分がいるのを自覚した時点で、答えなど既に決まっているようなものだった。

「ねえ、せんせい、」

 年不相応にも思えるひどく鮮やかな笑みで、さんが僕に微笑みかける。
 けれども僕は教師で、さんは可愛い教え子で、僕達を取り巻く今の環境とお互いの立場を鑑みて互いの思いを際限なく伝えられるかと問われればそれは間違いなく否であって、彼女も若いとはいえ既に高校生で、少なからず生徒と教師の恋愛が世間一般的に宜しくないとされることくらい承知しているであろうに、こうして隔たりを越えようとしてくる。それはあまりに眩しく、無邪気で残酷な行為だった。君のそれはただの、歳上への憧れに過ぎませんよ、と言えたのならどれだけ楽だったろうか。彼女のクラスメイトや友人は憧れの延長線上にあるものとばかり思っているようだったけれども、高々いち教師への憧憬だけで齢15、6の女生徒があんな"女性"の目をするわけがない。いつだってさんが僕に向ける思慕という感情を如実に現した瞳と目を合わせると、脳髄をぐらりと揺らす眩暈のような感覚をおぼえるのだ。引き込まれてしまう。引きずり込まれてしまう。些か杜撰な表現かもしれないけれども、まるで蟻地獄のようだ、なんて思ってしまった。

「なんでしょう」
「せんせい、好きです」
「……ありがとうございます」

 吐き出せない感情はただ僕の心の中だけで暴走して。いったい何度こうして罪悪感を感じながらもさんへの確かな恋心を自覚してきたのだろうか。彼女を想ってしまうことはとてもつらいことだと痛烈な程に理解をしているというのに、僕はどうしてこうもお互いを傷つけてしまうような恋しか出来ないのだろうか。
 彼女から手渡される感情の密度を正しく測って遠ざけることなく受け止めることができたのなら、みずからの思いの丈を天秤にかけることなく篩にかけることなく彼女にすべて手渡すことができたのなら、どれだけ僕たちにとって幸福なことなのだろうかと思った。
 けれどもそれはてのひらいっぱいに盛った砂を、一粒も溢れさせないくらいに難しいことなのだということも、僕は痛切な程にわかっていた。

 本当はなにもかも一切合切を奪い去ってしまって、彼女に晒け出したい。汚いところを押し付けても、綺麗だと言って愛でてほしい。僕を蔑視してほしい。僕の首を絞めてほしい。いっそ純粋とも言える程の幾つもの狂った感情が、ここ最近の僕をずっと深いところまで犯しきっていた。程度の重いマゾヒズムすら感じられる程の行き場のない被虐願望は、日々こうしてしんしんと降り積もってしまっている。

(……でも、今は、まだ)

 胸の奥の奥の奥から源泉のように湧き出すような感情が表面に滲み出てしまわないように、みずからを誤魔化すように、笑顔という仮面を装着する。そうして彼女の頭にそっと手を置いて撫でてみた。こころの底から嬉しそうに幸せそうに微笑むさんの笑みを見て、ぼんやりと思う。

 どうか。嗚呼、どうか、どうにでもしてほしい。