この恋はまるで着色料と苺の香料が付いた砂糖水のようだなんて思う。
とろりと粘度が高く甘ったるくて、ほんのり赤い、そして、ごくごくたまに息苦しい。
好きだ、かわいい、と恥じらいもせずに俺がそうハッキリと口にすると、赤面症という程ではないにしろなにかと照れ屋なはやめて、と顔を逸らし僅かに震えた小さな声で返す。彼女は自らの可憐さを決して認めようとはしないけれども、そんな恭謙なところも可愛いと思えてしまうのだから惚れた欲目というやつだろう。けれども、その時のの顔は隠しきれない歓喜が滲んでいたりもする。それは誰かに想われている安心を実感として手に入れた者の幸福感を如実に表したようで、そんな彼女を見ているとなんだか俺まで幸せな気持ちで胸中がいっぱいになってくるような感覚をおぼえるのだ。
叶うはずのなかった恋が実ったというだけでもう充分に報われ過ぎているくらいだというのに、人間というものはどうしようもないくらいに欲深くて、ついかたちのない愛に形を持たせたくなってしまうらしい。初めは、出来心で目立たないキスマーク。次は、確信犯的に首筋に移動させた赤い跡、といった風に。と"そういう"仲になることにいったいどれだけの時間と心労を費やしただろうかと自らの一途さに感心してしまう。けれどもどんどんと色んなことを重ねていくうちに、もっと、もっと、は俺のものなんだ、ということを誇示したくなってしまった。或いはこれも、雄の本能だろうか。
「」
「……ん?」
名前を呼べば、炬燵に潜って猫のように丸まっていたがちょん、と顔を上げる。俺からすればただでさえ小さな体が縮こまって、殊更に小さく見えた。そんなことを言うとは怒るのだろうけれども。眠っていたのかどこか眩しそうな眼差しで、呼び掛けた俺を見て怪訝な表情を浮かべる。
「なんかあったの?」
「目、瞑ってろ」
「えっ、なに、こわい」
彼女の性質を如実に表した色素の薄い瞳を閉じさせると、は僅かに慄くような素振りを見せて俺の行動を待つ。俺は優しく彼女の薄い瞼にひとつくちづけを落として、なるべくそっと、首元に俺の独占欲を満たすそれを取り付けた。急に首筋に触れられたことに驚いたのか、の華奢な肩と瞼が震えて繊細な睫毛がふるりと揺れる。まだ駄目だ、ちいさくそっと囁いてから瞼にゆっくり舌を這わすとは驚いてひぇ、と声を漏らした。さらさらとした感触のキメ細やかな肌、恥じらいで赤みを持つ目尻。彼女のそこかしこが俺には可愛く映る。恋の病もここまで来てしまえばだいぶ重症だ。
所有を示す細い革で出来たチョーカーを彼女の首元にそっとつけてやれば、は目を開かずとも、それがなんであるのかわかったようだった。
「目、開けて良いぞ」
「これ、私からは見えないんだけど……、鏡ある?」
「ほら」
「ん、ありがと、……えーと、これ、チョーカー?」
「おう。気に入ったか?」
「うん、かっこいい、ボルドーのチョーカーなんて、めずらしいね。……ありがと、焦凍くん」
こちらへ振り向いたの首元を見て、見立通りに似合っていると嬉しくなる。彼女の顔も心なしか嬉しそうに見えて、プレゼントなんて滅多にどころか殆どしたことがなかったものだから内心恥ずかしくて仕方がなかったけれども、思い切って買ってみてよかったとひっそり安堵する。
ボルドーのチョーカーはに似合いそうだ、と店先で見た瞬間に買うことを決めていた。けれども、そう思った自分が少し嫌でもあった。チョーカーなんて、モロに首輪だ。
今となってはもう既に開き直っているけれども、自分の独占欲がこんなにも強いだなんて今まで思いもしなかった。わかっていたけれどもこんなにも、自分のものだと主張したかっただなんて。
だから、自分の心境に戸惑う気持ちもあった、このチョーカーは俺のへの"俺のものでいて"という想いを如実に、そして確実に表しているものだ。
それなのに気がついたら俺はもう、俺の"左"の髪色によく似た暗い朱の、革で構成された細い首輪を購入していた。
それはきっと、愛している、離したくない、というこの恋だとか愛だとかの甘やかで純粋な表現をするには些か歪んだ気持ちを少しでも、すべてが彼女に伝わりきらなくても構わないから形にしたかったのだと思う。
「……ずっと、付けててくれないか」
「うーん、夏場とか、蒸れちゃうかもね」
「いいじゃないか、それも、可愛い」
「……もう、ばかじゃないの」
少し恥ずかしそうに俺を見上げて手を伸ばしてきたに、些かしつこいほどのキスの雨を降らすと目元を赤く染めてくすぐったそうに笑い声を上げた。個性の影響であるのか、そこかしこひんやりとした柔らかい彼女の肌がいっそ凶悪なほどに愛おしい。
嬉しいよ、ありがとう。そう鮮やかに微笑みつつ言って、は背伸びしながら俺の首に両腕を回した。ぶらさがるの心地良い重さ。お互い、高校生特有の青っぽい含羞に流されて、息を吸って、吐いて、からだの内側で見つけた情熱をただひとつのことに傾けるしかできない日々だったあの時はとうに過ぎたというのに、いつまで経ってもこいつは無自覚な小悪魔のままで、とんでもないことだ、と心のなかで頭を抱える。
ずっと一緒にいてくれ、いつだって心配なんだ、という痛切な願いにも似たこの気持ちが、こいつに届いただろうかなんて、それこそ叶うはずもないことをうっすらと考えた。
ごちゃごちゃとした思考なんかは目の前の甘やかなことに消えゆく。
こんな確認作業も、たまには良い。