「シュンスイ?」
不意に声が降ってきて、驚いて、慌てて顔を上げた。嘘だ、これはウソだ。なにひとつ言葉が出てこない私を見て、彼は心配そうに首を傾げる。
「大丈夫?え、なんで泣いてるの?」
自分が泣いているという自覚はなかった。けれど、そう言われてみれば頬が妙に熱いし、うまく鼻で呼吸ができない。あれ、どうしてこんなにぼろぼろになってるんだっけ。
「……なんで」
「うん。なんか悲しいことあった?」
「そうじゃなくて、なんでロジュ、ここにいるの?」
言葉にしたらまた涙がぼろりと溢れた。目の前にいる彼は、もしかしたら都合の良い幻覚かもしれない、私の願いでつくられた偽物かもしれない。だって、そう思うくらい、そう考えてしまうくらい、それでも。心が震える理由がさっきまでとはまるで違うことに気付いてしまった。
「シュンスイが俺に会いたいだろうなって思ったから。会いに来ちゃった」
彼はにっこりと明朗に笑って、私の頭をそっと撫でる。合鍵は、確かに以前渡したのを覚えている。いつでも来ていいよ、とも言った。でも、まさか本当に役に立つ日が来るなんて。しかも、こんな、私が弱りきっている日に。
「……ばか。急すぎるよ」
こんなにも弱っているところ見られたくなかったのに。本当は嬉しいのに、心が荒んでいるせいで思ってもいない言葉を口にしてしまう。自分の中の醜い部分をさらけ出してしまう。
「迷惑だった?」
そんなことない、けれど。黙ったまま俯いてしまった。この涙がいつまでも枯れないのは、きっと泣いている理由が悲しみひとつではないからだと思う。彼の腕に包まれたのは、それから少しの沈黙を挟んでからだった。
「シュンスイ、聞かなくてもいいから聞いて」
「……どっち」
「微信にはちゃんと返信して。せめて既読つけて」
「心配、した?」
「そりゃするでしょ」
「……ごめん」
「……あと、シュンスイには俺がいるから」
「それ、は、どういう意味」
「なんて言うかさ、もっと信じてほしいし、頼ってほしいんだよね。恋人としては」
尻すぼみしていく彼の言葉に、つい耳を疑った。思い切って顔を上げたら、柄ではないことを言っている自覚はあるのか真っ赤な顔でこっちを見ている。頬を伝っていた涙が乾いて、僅かに突っ張った皮膚がひりついて心地が悪い。
「……珍しい、ね、ロジュがそういうこと言うの」
「シュンスイだから言うんだけど」
ほんと危なっかしくて放っておけないよね、彼はどこか呆れたように、けれどばかな子ほど可愛いとでも言いたいような口吻でそう言って、そっと額にキスをくれた。さんざん泣いたせいで腫れぼったいまぶた、濡れた睫毛、滲んだ視界。それでも彼は私を見つめて、抱きしめてくれている。
「……彼氏のロジュくん」
「え、ふざけてるの」
「情緒不安定だから、なにか優しい言葉ちょうだい」
「元気出して」
「もっと心込めて」
「うーん、本当に情緒不安定だな」
「だからそう言ってるでしょ」
「じゃあシュンスイ、キスしようか」
「優しい言葉ってそれ?」
「……愛してるよ」
私が目を丸くしてる間にそうっとくっつけられた唇。かと思えば優しく背中をさすってくれる。
本当は、こんな些細な時間だけで満たされてしまうくらい自分が単純なことにも気付いていた。会いに来てくれたことも、こうして隣にいてくれることも、気持ちが落ち着いたらちゃんと謝って、ありがとうって伝えよう。
あと、少し恥ずかしいけれど、私も同じ気持ちだよ、って。