坚定不移



 昔は、こうじゃなかったと思う。特に証拠はないし、自分の幼少時代を鮮明には覚えていないけれど。極論を言うならば石橋を叩いて渡るような、本当に、そんな。

「危なっかしいなって、思うことは多々あるよ」

 洛竹と出会ってから知った部分の方がむしろ多い気がする。今まで、自分を客観的に見たり考えてみたことがなかったわけじゃない。それでも、彼との出会いでもうひとりの自分に会ったとさえ思うことがある。意外と頑固な一面がある、他人には理解されない些細なこだわりがいくつかある、あと、恋をすると気持ちの振り幅がものすごく大きくなる。

「目が離せないっていうか、」

 もちろん、初めて言われたときは衝撃だった。そんな言葉、育ての親にすら言われたことがない。その真意がどうであっても。

「俺がそばに居ないとって、思ってるんだけど」

 自信をなくすかのように小さくなっていく声、赤く染まった耳。今思い出しても、この先の未来を考えても、間違いなく、私の人生史上最も熱烈なアプローチのされ方だったと思う。当時の私は、二十一世紀からやってきた猫型ロボットのアニメでそんなシーンを見た覚えがある、と冗談を言いながらも顔が真っ赤になっていることにはちゃんと気付いていた。
 あれから月日が流れても、思い返すと甘酸っぱいというか、つい顔が綻んでしまう。変わらずに隣に居られること、いつもテストで0点を取っていたあの主人公みたいにダメダメな私でも、なんだか少し強くなれた気がしている。
 テーブルに置いていた携帯が鳴って、気付いたら私は財布と携帯、あとエコバッグ、最低限の荷物を持って部屋を飛び出していた。洛竹が私に「もうすぐ帰る」とメッセージをくれるのは、いつも最寄り駅に着くときだった。今となっては履き慣れたスニーカーで軽快に歩いていく。びっくりするだろうか、喜んでくれるだろうか。

「洛竹、おかえり」

 早歩きの私よりもちろん鉄道の方が圧倒的に早いけれど、駅から数メートル離れたところで洛竹を見つけた。私に気付くと、一瞬目を丸くして、それから少し目尻をやわくする。やわくするというか、無意識のうちに下がるらしい。私と居るときの洛竹は良く言えばいつもよりずっとやさしい雰囲気だし、悪く言えばキレがないと、虚淮が以前こっそり教えてくれた。

「え!迎えにきてくれたんだ」
「珍しいこともあるでしょ」
「明日雨だったっけ?」
「残念、明日も快晴でーす」

 笑いながらふたりで並んで歩く。帰宅ラッシュの時間帯もあって、たくさんの人とすれ違う。誰にも気付かれないように手を握ってみようかと思ったけど、照れくさくなってやっぱりやめた。急ぎ足の人と軽くぶつかりそうになって、洛竹に腕を引っ張られたら、すべて見透かされたような気がして、心音が大きくなる。

「蛋糕でも買って帰る?」
「え?」
「いや、せっかくだし。この先にある新しいお店、蛋撻があるから行ってみたいって前に言ってただろ?」
「……いいの?」
「そのための环保袋かなって」
「バレてしまったら仕方ないなぁ」

 あそこのお店、蛋撻と菠蘿麺包が人気なんだって!と言ったら、下調べしてるんだ、と洛竹にちょっと笑われて。もしも洛竹と出会っていなかったら、この街に住むことも、この道を歩くことも、きっとおいしいエッグタルトの味を知ることもなかったんだろう。

「さっきね、洛竹と付き合うことになった日のこと考えてたんだよ」
がドラえもんのワンシーンみたいって言った話?」
「そうそう」

 目的のケーキ屋さんまではもう少し。ほんのちょっとだけ辺りは暗くなってきたし、手を繋いじゃおうかな。明日も、この気持ちが消えないように。