電波通信



 早々に死んでしまった。
 俺はゲームが上手くないから、俺の操るハンターはモンスターに遭遇して数分でばったりと地に伏せた。あまりに短すぎる生涯であった。心の中でおざなりに合掌をする。そして隣で華麗に十字キーとアナログスティックを操るの頬をおもむろに、少し太ったな、と撫でた。彼はゲーム機の中のモンスターに夢中になりながら、なんなの、と言う。穏やかな午後だ。
 防衛部の中でも戦闘に特化したタスクとして図書隊で働く俺の指は堅い。実際には指だけではなく手のひらやら腕やら脹脛やら、そこかしこがしなやかな筋肉に覆われている。対して業務部で働く彼の指は、そこかしこで評判になるほどうつくしい。彼が防衛部でなくてよかった。彼がのめり込んだのがゲームでよかった。長くて白い指の先が堅く、無骨にみえてしまうのはあまりに惜しい。

「図星か、最近ちょっとやせてきたのに、もったいないな」
「うっさいわ」
「たまには防衛部に混じって訓練でもしたらどうだ、いい運動になるぞ」
「いきなし激しい運動して筋肉痛にでもなったら業務に支障が出るだろ、やだよ」

 はゲームから目を離さない。堅く、節くれだったこの指が好きだと漏らしたのは先週の金曜日。深夜の睦言のなかのはなし。どこが好きだとか愛おしいとか、そういったことは言わないくせに、どこが嫌いだとか許せないとか、彼は常に、何かに向けて怒っている。それは主に良化委員会であったり麦秋会であったりするのだけれども。そんな彼だからなかなかに珍しい発言だった。
 ゲーム機よりかずっと興味のある彼の頬を撫でつづけている。何年かそうしているから、俺の手は色々な彼を覚えているのだ。ある時は晩酌の頻発によって腹部がぽっこりたぬきさんになっていたり、またある時は彼のきれいな顎のラインが際立つほどシュッとしていたりする。彼の増減に伴って愛情が目減りすることはない。
 まだ若くあった頃はすこしでも痩せていてほしい、なんて願うこともあったけれど。お互いに三十路を控えた今、望むべきは外見よりも幸福だと悟った。健康であればそれでよい。我ながら気持ち悪く頬を緩ませると、モンスターを打ち倒したが、ようやくこちらを見た。

「撫でるの楽しい?」
「ゲームよりかは」
「やっぱ太ったのわかる?」
「気にしてんのか」
「してないし」

 していなかったら、晩飯のご飯を減らしたりお茶をやたらと摂取したりしない、ような気がする。
 アイテムを収集し終えた彼がゲーム機を手離して、「いいなあ、堂上は変わらん」と言った。そんなことはない。本来直情径行型であった考動も自制できたし、性格も昔に比べると多少丸くなった。年を経て彼が痩せたり肥えたりするのと同じように、俺も微細に変化している。それに気づくのは俺だけで、きっと俺以上に敏感で繊細なはずの彼は気づかない。
 なにもかも見ているようで、その実彼は俺の心に対して不感症であった。二十四時間張り巡らされた感情のアンテナたちは、きっと俺の前ではスリープモードだ。代わりに彼について特によく働く俺のアンテナ。面倒くさい彼が少しでも休まるように、献身的になるのも悪くないと思っている。不機嫌そうに眉をひそめた彼の頬をもう一撫ですると、彼はやはりなにも汲み取らない。なんなの、と声を低くした。