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 だから、次に目が覚めた時。幾分か調子がよくなっていたこともあって、は頭まで被った布団から出られなくなっていた。自分がいったいなにをしたのか、熱のせいにするには明瞭で、それでも誤魔化せるほどの冷静さはどこにもない。
 ただ、それは五条も同じことだった。くつくつと土鍋で煮えるお粥に溶き卵を注ぎながら、先ほどまで触れていた熱を思い出して、ぐっと詰まる胸の奥を誤魔化しきれずにいる。冗談で抱きしめることは、今までに何度もあった。そうして触れることですべてを許された気になって、お互いの距離を縮めず、離さずを繰り返してきた。自分からなにかを越えようとしたことがなかったとは言わないけれども、が拒めば、そこで踵を返すことはできていたはずだ。今の自分が、果たしてそうやって今までのように後に戻れるのか。わかんないな、と唇を噛みしめてコンロの火を止めた。シンクに手をつき、何秒か項垂れるようにして頭を下げる。顔を上げた時、いつも通りにいられるように。お盆にできあがったばかりのお粥が入った一人用の土鍋と、コップに注いだミネラルウォーター、それから薬局で買ってきた風邪薬を乗せて五条はの自室のドアをノックした。

「入るよ。……なにやってんのお前」

 入ってすぐ視界に飛び込んできたのは布団の塊だった。五条が掛けた言葉に反応したのか、もぞもぞと蠢くように動く様子がおかしくて、机にお盆を乗せてから布団を少し引っ張ると、思い切り引っ張り返された。その予想外のリアクションに行き場をなくした右手をしばし眺めながら、今度はにやりとした笑みを顔に貼り付けて強く布団を引っ張る。
 演技でいい。自分さえ、そうして騙していければ。

「おら、せっかく作ったのに冷めんだろ」
「……いらない、です」
「お前な……ガキじゃねえんだから」

 髪の毛が汗で頬に張り付くのが気持ち悪いのか、それを指で払いながら顔を背けるの様子に少しほっとする。先ほどより意識がはっきりしているし、顔色も多少よくなっているように見える。ただ、咳だけはまだ続いていて、その度に顔を顰めるものだから背中を擦ろうとした。それは、あまりなにも考えずに起こした行動だった。

「……、っ!」

 だから、その手が振り払われた時。思わず口走りそうになった言葉を押し止めるのに五条は必死になった。
 俺は、大丈夫。踵を返す準備はいくらでもできてるから。
 まるで呪い。言い聞かせて、迫り上がってくる感情に無理矢理ながら蓋をした後、もう一度の背中にそっと触れて上体を起きあがらせた。

「飯食わないと薬飲めねえだろ。少しでも食っとけって」
「……はい、」

 歯切れの悪さは聞かなかったことにして、お粥をに渡す。一口目は味のことやその他諸々が気にかかったけれども、目を少し見開きお粥を見た後、その視線を五条にちらりと持ってきたので大方満足した。

「うまいだろ?」
「……わたしの玉子焼きのほうが、おいしいです」
「あれに勝とうなんて思ってねえよ」

 以前にの弁当から玉子焼きを奪ったことを、未だに根に持っているらしかった。ようやく普段の調子が戻ったに、安堵から笑みがこぼれる。もまた返すようにちいさく笑い、その後は無言でお粥を口に運んだ。かちゃ、と食器がぶつかる音だけが静かな部屋に響いていた。