「なぁ、俺と真人ってさあ、繋がったりすることもできるけど、やっぱり別々、やねんなあ?」
大きなことから小さなことまで、常に何かを気にしている彼の疑問は日々絶えない。侯隆はそこまで言い終えると伝えられたことが満足だとでもいうふうに薄い膜が張ったような瞳を得意げに瞬かせた。じっとその瞳を見ていると、どこか小さく思えてくる三白眼ぎみの黒目がさっきから俺の視線を捉えて離さない。物憂げな表情はまるで何かの助けか答えを求めているかのようで。
これはきっと、たまに侯隆が俺にだけ見せてくれる、少し考えすぎて何もかもがこんがらがってしまった部分。人間ではない俺が導き出す回答が彼の安心の何の足しになるのだろうかと疑問に思うけれども、彼の疑問に疑問を抱いても所詮は徒労だ。侯隆は俺の何倍も思慮深い人で、考えて考えて本当にどうしようもなくなった時はこうやって俺に回答を求めてくる。こんなことどうでもいいんやけどさ、とあくまで平静を装いつつ。
「真人と俺とが一緒でひとつ、やったらなあ、とか思ってみたんよ、昨日な」
(昨日とか嘘で、もっと前からなんじゃないかな)
侯隆は人に心配されることを嫌うけれど、嘘をつくのが下手くそだ。人間という生き物は往々にしてこうなのだろうか、と先日会った堅物そうで嘘が下手な一級呪術師をふと思い出す。だから、こういう時はすぐに侯隆が嘘をついていると分かるけれど、俺は敢えて何にも気づいていないふりをした。極めて無粋なことを言うのであれば呪いがたかだか人間に対して配慮をしてやることに何の有益があるのだろうかと思うことはあれど、時と場合に依っては気づかないふりをしてあげるのも人間と対峙する上で大事なことだと分かっているからだ。それがたとえ仮初の信頼を得る為だとしても。
「それってええと思うねん俺、なんにも言葉もいらんわけやしさ、せやからいっそのこと、ひとつになれへんのかなぁって」
伏せた目は羞恥からか薄い桃色に染まり睫毛が僅かに震え、期待混じりのような舌舐りはまるで欲しがりの子どもみたいな幼さと危うさを孕んでいて、魂の深いところを掴んで揺らす。ついつい甘く淫猥な妄想が胸の中に広がった。
もしかしたら、ひとつになりたい、と考えるのは想い合う生き物同士なら当然のことなのかもしれない。端的に言えばセックスの時、繋がったまま境目なんてわからないくらいに融解してどろどろの生き物になってしまえればいいのに、と時折思う。けれどもそれは無為転変を使って魂の形ごと変えるだとかそういうことではなくてもっとなにか漠然とした感情の振動で、だから殊更に存在しないくせに在ると信じたがる人間の心というものがよく分からなくなるのだった。
侯隆はそんなときの俺の目を見ては食われてしまいそうで怖いとぐずり嫌々と頭を振って泣き喚く癖に、実際真ん中の魂の部分では同じようなことを思ってくれていたと分かってなんだか嬉しくなった。強くて面白い相手と戦っているときのような高揚、思わず走り出したくなるような鮮やかな色のエネルギー。敢えて言葉を使って伝えてなくても、こんなふうにひとつのことを互いの胸中で思っていられただなんて、俺たちはもうとっくに"ひとつ"になれているのかもしれない。なれていたらいいのに。
こんなこと言って返したらお前はこればっかりやなと責められるだろうし、このことについては侯隆に直接何も言えないのだけれど。
「ふふ、侯隆それ、なんかやらしいなあ……今晩いいの?」
「……真人のヘンタイ」
「俺はね、二人でよかったって思うよ。だって抱きしめたり、キスしたり、こんな話したり、できるじゃん?侯隆とさ」
「……そんなん、反則やん」
すっかり真っ赤になった顔を横に振りながら侯隆が擦り寄る俺に少しの抵抗をした。彼は甘ったるい会話だとかが人一倍苦手だ。なのに暫くそれがなかったらなかったで逆に不安がる。眉を顰めて弱さと自分自身を抑えることにじっと耐える仕草。
いつまで経っても子どもみたいに、真っ直ぐで我儘。天の邪鬼で寂しがり。面倒くさいやろ、と侯隆が自分のことを半ば自嘲しつつそう言ったことがあった。けれどもその面倒臭さがなかったらもはや彼じゃないとすら思うし、俺は面倒くさくない彼にだなんて多分興味を持ってすらいないだろう。
その時に、人間らしくていいと思うよと返せば侯隆はムスッと不貞腐れた顔をして照れていた。そんなところがまたどうしようもなく馬鹿みたいに愛しくて堪らない。
「反則も何もないでしょ、恋ってやつにはルールなんてないんだから」
「キショ!もうあかんわ真人、調子乗ってもうてるから終わり終わり!」
「えー、侯隆から話しだしたんでしょ、勝手だなあ」
俺が不細工に頬を膨らませれば、途端に水風船がぱちんと弾けたように侯隆が声を上げて笑う。その屈託のない明るさに周り一面が柔らかなオレンジ色に変わる。侯隆といればいつもそうだ。世界が鮮やかな色を持つ。違う色を見せる。初めての景色が広がる。
(……ほんと、面白い生き物だよなぁ、人間って)
そうっと眦を撫でてやれば可愛くない声が返ってきた。色気ないなぁとか茶化しながらだらだらと触れ合う。徐に侯隆は恭しく俺の手を取ってから小さく消え入りそうな声で「おおきに、」と言って、笑いながら少し泣いた。