現実を嗤う



 泣いていないんですか、とかけられた声はひどいくらいに渇いて掠れてしゃがれていて、普段はあんなに年不相応なくらいに冷静沈着な七海がさっきまでさんざん泣いたことの証明が目元にもくっきりと残っていた。たぶん七海と同じくらいかそれ以上に真っ赤になっているであろうわたしの目を見て、七海が苦しそうにぐっと眉根を寄せて目を瞑る。ごめんね、みんなも悲しいのは同じなのに、気つかわせちゃって。

常世、寝ていないんでしょう。……一度寮に戻って、あとご飯も食べましょう」
「……食べてるよ」
「……そう。なにがあっても、腹は減るものですからね」

 わたしがあからさまな嘘をついていることに、きっと聡い七海は気づいている。気づいていてなお、あえて問い詰めずにいてくれている。流すように虚ろなわたしの目を見つめたその瞳は、さっきまであんなに目の前で泣いていたとは思えないくらいに、たしかに現実を捉えていた。
 きっと、七海も嘘をついている。すべてをわかっていてやっている。お互い嘘をつくことの無意味さも馬鹿馬鹿しさも充分わかっているつもりだけれど、こうしていなければすぐにだって気が狂ってしまいそうだった。
 力なく弛緩していた右手にそっと七海の両手が乗せられる。こんな、呪術師なんて学業種をしているせいか、身体はどうしようもなくあちこちに擦り傷があるけれど、整ったうつくしい、綺麗な手だ。呼吸の度に弱く震えて、頼りないながらも生きている。

 横たわったまま動かない彼の手は七海と同じくらいかそれ以上に傷があって(きっと、血でひどく汚れた部分なんかは校医さんがきれいにしてくれたのだろうけれども)、それでもやはり、どうしようもないくらいにうつくしい。躊躇いながら、空いた左の手でそっと繋ぐ。ここのところの不摂生が災いしたのか、荒れてかさかさしているわたしの手の甲。すっかり冷たくなってしまったあなたの手をぎゅうっと強く握りしめる。
 涙は出なかった。悲しくなるくらいに。きっと彼は魔法を使ったのだろう。彼自身の命と引き換えに、わたしのかなしさを根こそぎ奪っていったのだ。

「――、あいしてるよ」

 ぽろり、と落とした言葉はすうっと空気に溶けるみたいに部屋に消えた。情けなくなるくらいに簡単な愛の言葉。瞬きをしたら涙が落ちてしまいそうだったから、と先程から開いたままの目はとっくに乾いてヒリヒリと痛みを訴えている。いたくて、ほんとうに、いやになっちゃうね。わたしの手を握る七海の手の力が強くなった。わずかに鼻を啜る音。包み込む優しさが引き上げるようなそれに変わる。どうにかしてわたしに悲しさという感情を思い出させようとでもするみたいに。
 下半身を丸々喪っているというのに、苦痛とは程遠い彼の穏やかな表情だけがどこか現実離れしていて、それがまたどうしようもなくリアルで、わたしはまた、なにがなんだかわからないままに声もなく息を吐き出して笑ってしまった。

 最期なんだから、なみだくらいささげさせてよ、灰原。