網膜を焼く



 買ったばかりの一眼レフ。緑色のミニクーパーは真夏の海岸線を走る。
 幼稚園児がクレヨンで描いたらくがきみたいな白雲、まばらに浮かんだ背景の突き抜ける空色。頂点の太陽を照り返す波打ち際は黄金色の直線を伸ばしていた。波が寄せるたびにきらきらと光を変えて目に眩しい。まさに夏はてっぺんに達していた。助手席から身を乗り出しファインダーを覗いていると、ハンドルを握るさんが「気ぃつけえよ」と笑った。

 さんは横浜の海が好きだった。だから行くあてもなくドライブに繰り出すとき、彼は専ら東京を抜けて神奈川へと車を走らせる。故郷大阪の海はよろしくない、と言う。彼曰く、コンクリートで埋め立てられた商人の港だから。けれども大都会にほど近い太平洋が美しいかと問われれば、俺個人の見解としては間違いなく否であった。そして横浜も大阪に負けないくらい商工の盛んな港町であって、だからさんの関東贔屓はなにか故郷大阪に冷たい思い出があるものかと勘繰らせる程に顕著だ。俺がそれについて問うてみたところで、さんは曖昧に笑って誤魔化すばかりだけれども。

「風まであつい……」

 ミニクーパーが風を切る音はゴオゴオと喧しいのに、俺の髪をかき混ぜるそれは生温かい。中古だというさんの愛車はクーラーが壊れていて、そんな事実に歯噛みする。全開にしたカーウインドウも、上がりきった体温を下げてはくれないのだ。

「そんなん仕方ないて、今日三十五度超えるんやって」

 運転席のさんが苦く笑う。いつも同じ周波数にチューニングされたままのラジオから得た情報だった。

「はあ……、さん、もっとスピード出せないんですか?」
「アホかお前、捕まるわ」

 薄く笑った彼は申し訳程度にアクセルを踏む。少々加速したところで冷風が期待できるはずもなく、俺は空と海とを写真に収めてから、すごすごと助手席に座り直した。
 膝に下ろした一眼レフは、地道に貯めたバイト代で漸く買ったものだ。夏休みに入ってからどこへ出かけるにもこいつを携えている。
 彼と出掛ける時は風景を撮るよりも、さんを撮ることの方がよっぽど多かった。それは彼がなんだかすぐに消えてしまいそうで、刻々と移り変わる雲や空や植物よりも貴いものに思えたからだ。実際五条先生に負けず劣らず整った顔立ちの彼はなにをせずとも被写体として十分に映える。こっち向いてくださいよ。いやだ。彼がカメラのほうを向いた写真は一枚もない。けれどもそれはそれで、美しい思い出になることだろう。

「今日はどこ行くんですか?」
「どこがええかなあ、遠いとこがええな」

 恵の知らんところ。
 さんは緩やかなカーブでハンドルを右に切った。まるで隠しごとをする子どものような笑顔は、尖った容姿を印象付ける金色の髪にひどく不釣り合いで。ただ、俺の感覚にはキリキリとひどく、痛いほど擦り付いてくる。なにかにとり憑かれたような速さで手元のシャッターを押下した。