コーヒーショップのまるいテーブルの、向こう側に間宮さんがいた。
ドーム形状になったプラスチックカップの蓋めいっぱいにまでクリームが盛られた、呪術師でも舌を噛みそうな程にまだるっこしい呪文のような名前をしている期間限定のフラペチーノは半分ほど消費されていたけれども、残りに口をつける気がないのかテーブルの上に放置されたままいっこうに手に取られることはない。ありふれた日本人らしく期間限定の四文字にうまいこと踊らされて注文してみたは良いものの、当初期待していた程の類ではなく、彼の好みの味覚とはうまく合致しなかったようだった。
脚の長い椅子に腰掛けた間宮さんは、大柄な身体を窮屈そうに折り畳んでテーブルに肘をつきながら顔の高さになったスマートフォンをぐりぐりと弄っている。五条先生のようにみずからの容姿について言及するようなことはないし本人は別段気にも留めていないけれども、体格だけではなくて顔の造形だってそれなりに整っているものだから、多少行儀が悪くてもなんとなく絵になってしまうのだった。たとえその顔を覆っているのが、街中の呪霊とうっかり目が合わないようにと掛けている瓶底のような分厚いレンズのダサい伊達メガネだとしても。少し離れた席に座っている女子高生の集団が、先程から芸能人に遭遇したかのような好奇を滲ませた目でちらちらとこっちを窺っている。探査にも秀でた術式を持っているために人間だけではなく呪霊の気配にも敏い間宮さんがそれに気づいていないはずもないというのに、あまりに何も言わないものだから、俺はあと三分の一もなくなってしまったシンプルなブレンドコーヒーを一口啜った。奢るから好きなの頼めよ、と言われて注文したそれは普段自販機で買う缶のものとは随分違い、苦さだけではない芳しさが鼻を抜ける。
ちょっと出よう。休日に行っている組手の練習明け、寮の自室に戻ろうとしていた俺を誘ってきたのは間宮さんの方だ。普段はよほど狗巻先輩やパンダ先輩とふざけたりあれこれ無駄な話をしてばかりでうるさいくらいだというのに、今に限ってとんと喋ることがない。なんでだよ。俺が何か怒ってるんですか、と訊いたら、なんでってそれこそ怒りだしそうだったし、何かあったんですか、と訊いても、なんでそう思うのとか訊き返されて余計にややこしいことになるだろうしそれもそれで面倒くさそうだったから、俺も俺でこっくりと黙っている。
近くのテーブルで話すサラリーマンの会話が途切れ途切れに聞こえて、一瞬そちらを見た。そうしたら唐突に、かしゃ。やわらかい声よりも近くで、軽快で無機質な音がした。
「……、なんですか、」
「うん、撮った」
「なんだよいきなり……」
いつの間にカメラ機能を起動していたのか、間宮さんが机に肘をついたままの格好で突然携帯のシャッターを切ったらしかった。写真を撮られることは、あまり好きではない。けれども、店内風景と共に切り取られた俺の姿が映された画面をこちらに向けて「ほーらほら男前やでー」とかなんとかへらへらしながら宣う間宮さんの嬉しそうな顔を見ているとどうにも咎める気が萎えてしまうのだから、このひとも得な性分をしていると思う。それとも、これが惚れた弱みというやつだろうか。
「今日なあ、伏黒の写真撮りたかってん」
それもちょっと間の抜けたやつ、と笑って、機能性もクソもないダサい伊達眼鏡の奥に潜んだ目が細められて、きれいな弧を描いた。