星を落とす



「そうですねぇ。うーん……。あ、わたしと一緒に死んでくれる人ですかね」
「え、激重」

 なんとなく、世間話程度に振った話題。他のメンバーが恋愛関連のインタビューを受けているのを見て、口から出た常陸さんってどんな人がタイプなんですか?という質問。それが思った以上にヘビーな回答で思わず本音が漏れてしまった。

「なんか、常陸さんのイメージ変わりました」
「そもそもどんなイメージ持ってたんですか」

 常陸星晶さん。よく載せてもらっている雑誌の編集関係の人。見習いみたいな感じで色々手伝いをしているらしい。本人曰く、「漫画家さんの前でこんなこと言うの本当に失礼で申し訳ないんですけど、普段コミックス読まないのに少年誌に配属されて非情に不本意です」とのこと。赤葦さんみたいなこと言うなと思ったのをよく覚えている。当たり前に俺のことは知らなかったし、漫画家の名前と顔と書影の自画像を一致させるのにだいぶ時間をかけていた。多分、俺たちに興味がないから敢えて少年誌の部門に配属されたんだと思う。ファンがいることはありがたいとは思うけれど、仕事をする上ではミーハー心が妨げになることだってあるからだ。なんていうか、俺のこともそうだし、常陸さんはなにごとにも関心が薄い気がした。
 前に、自販機で間違えて買ったブラックコーヒーを、たまたま視界に入った常陸さんにあげた。そしたらわたしブラック飲めませんって言われて、意外だなと思った。なんか、むしろブラックしか飲みませんって感じだと思ってたから。常陸さんは俺の表情を見て察したのか、砂糖とミルクいっぱい入れないと飲めないんですって恥ずかしそうに小さく笑った。結局、控え室に置いてあったカップにブラックコーヒーを二人分に分けて、砂糖とミルクをこれでもかってくらいに入れて飲んだ。
 常陸さんは話す回数が増えるごとに印象が変わる人。

「じゃあ常陸さんって彼氏に位置情報共有アプリとか入れさせるタイプですか」
「そんな面倒なことしませんよ。どこでなにしようがわたしには関係ないしどうでもいいです」
「ん〜?」

 よくわからない。そもそも、常陸さんのことをめちゃくちゃ知っているわけでもないけれど。
 恋愛には淡白な方なのかと勝手に思っていた。でも、好きなタイプが一緒に死んでくれる人なんて言うものだから、結構メンヘラ気質なのかと思ったけれどそうでもないらしい?
 首を傾げていれば、常陸さんは俺を見上げて困ったように笑った。これも、印象が変わったうちの一つ。雰囲気的に、表情筋があんまり動かない人なのかと思っていたけれど、結構笑う。話す機会が増えれば増えるほど、常陸さんの笑顔を見ることが多くなった気がする。

「なんて言うか、最終的にはわたしのところに戻ってきてくれるならなんでもいいかなぁ、みたいな?感じです」
「なんか、難しいですね。あ、常陸さんはい、ガムシロ」
「ありがとうございます」

 常陸さんの手のひらに乗せた二つのガムシロップ。本当はもっと入れたいらしいけど、周りの目を気にしてしまうらしい。大人だからって。俺だって甘い方が好きだけど。常陸さんはわりと気にしいだ。ミルクだって本当は七割のほぼ牛乳みたいなのが丁度良いらしいけど、よくわからない体裁を気にして今日も二つしか入れていない。そんな常陸さんを横目に自分はカフェオレにこれでもかってくらいガムシロを注ぎ込んだ。
 取材や撮影の中で、自分の番ではないときはこうやって常陸さんと一緒に甘ったるいカフェオレを飲むのが恒例と化してきた。俺しか見てないんだから、気にしなくていいのに。

「他は欲張らないから、最後はわたしを選んでねってことです」
「毎日一緒に居たいとかないんですか」
「毎日一緒に居たら、いずれ飽きられちゃうかもしれないし」
「会いたいって思ったら?」
「会いたい……、あ〜……、」
「なんか俺、しちゃいけない質問しました?」
「いやなんか、会いたいって思うほど好きになった人いないよな〜って、今更気付いた気がして」
「え、」
「あ、今引きました?こいつ好きでもない男と付き合うのかって。なんか断れないっていうか、流されやすいっていうか。押しに弱いんですかね」

 意外だ。仕事中の常陸さんを見ている分には自分を持っている人だと思っていたから。不本意だと言っていた芸能誌の仕事に誠意を持って対峙してくれている。どうやら、仕事面と恋愛面は別らしい。

常陸さんは好きって言われたら好きになっちゃうんですか」
「好きに……、なるっていうか、好きになれるかなって思うんですけどね。あ、俺のこと好きじゃないよねって振られたこともあったな」

 常陸さんはカフェオレを一口含んで少しだけ眉間に皺を寄せる。それはいつもと変わらない表情。やっぱりまだ苦いんじゃん。ガムシロ、気にしないで足せばいいのに。

「ほんとに好きになったら、GPS入れさせたり、毎日一緒に居たいとか夜中に会いたくなっちゃうとかあるのかなぁ」
「なんか、あんまり想像出来ないですね」
「自分でも想像出来ないですよ。どうします?わたしがとんでもない束縛魔にでもなったら」

 俺を見上げて笑った常陸さんはカップの中をスプーンで一周回した。まるで、そんなことは絶対にありえないといったように。

「俺、好きな子とは同棲レベルで毎日一緒にいたいんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
「読んでないですか?俺のインタビュー記事」
「それ多分うちじゃなくて他社の記事ですよ。さすがにそこまで目は通せません」
「まぁ、それはどうでもいいんで今は置いておきます」
「自分で言ったくせに」
「夜中に会いたいって言われたら全然会いに行っちゃいます」
「宇内さんは健気ですね」

 ああ、ダメだ。多分、なんにも伝わってない。ほんとにこの人、俺に対して関心薄いんだな。仕事関係のことは結構根掘り葉掘り聞いてくるわりに。それが自分の仕事に繋がるからだろうけど。

「ねぇ、星晶さん」
「はい。……ん?」

 再び顔を上げた星晶さんと目が合う。あ、意外と睫毛長いんだ。下睫毛とか、なんか漫画のキャラクターみたい。
 勢いよく顔を上げたせいか、耳に掛かっていた星晶さんの髪がさらりと落ちた。高校生の頃に髪色を遊び過ぎて傷んでるって言ってたけど、確かにちょっと傷んでる気がする。星晶さんの顔、こんなに真正面で見たの初めてかもしれない。

星晶さん、健気な男はタイプですか?」
「えーっと……」

 星晶さんが視線を忙しなくきょろきょろと彷徨わせる。ああ、この人、今、俺のことで困ってる。
 俺は多分、この人に俺のことで必死になってほしいんだ。GPSだって入れる。束縛だって、可愛いなって思える。星晶さんが、自ら求める存在になりたかったんだ。どうしようもなく、欲張ってほしい。

「さっきの、流されやすいとか、押しに弱いっていうわたしの話し聞いてました?」
「じゃあ最後に一押しします。俺、星晶さんと一緒に死にたいです」

 さっきまで宙を彷徨っていたはずの瞳と再び視線が交じり合う。星晶さんはしばらく俺を見つめたあと、おかしそうに声を出して笑った。

「一緒に死んでくれるじゃなくて、一緒に死にたいんですね」
星晶さんは俺と一緒に死んでくれますか」
「んー、今はなんとも言えませんけど、いずれはそうなる気がしてきました」
「期待してもいいですか」
「……ほんと、変な人ですね。天満さんは」

 あ、もうダメだ。今先に死んじゃうかも。