男であるとか肌の色が白いだとか抽象的に伊澄さんのことをまとめることはできる。それはすごく簡単なことだし僕じゃなくたって誰にだって可能だ。
そういうことを口にすると、伊澄さんは必ず「おとことか、白いとか、誰が決めたんだろうな。そもそもなんなんだべ?そういう区別って」って面白くなさそうな投げやりな口調で言う。お得意のすこしばかりだけれど哲学のにおいのする屁理屈。学業上そうまとめられてしまうことばかりだけど、本当はそういう簡単な言葉でカテゴライズされることをひどく嫌う彼は、不機嫌丸出しで僕を睨んだ。
「だからさぁ、月島は幽霊とかがこわいんだって思うよ、表側しか見てないんだもん」
勝ち誇った表情だった。僕が実体のない恐怖をこわがることを馬鹿にして均整をとってみせている。見えないものの本質を考えるのは愚かだと、それは何も真実を見つめていることにはならないのだと続けて、伊澄さんは構えとでも言いたげに僕の頬を引き伸ばした。
「月島、また痩せたべ」
「そこまでじゃないデショ、……伊澄さんこそ最近、痩せたんじゃないの?」
伊澄さんの頬もすっかりと丸みを失っている。削げて尖った顎、際立つ肌の白さと青く浮く血管。暗闇でぼんやりと光る裸の伊澄さんは幽霊だと言われてもおかしくない。僕、幽霊を知っているよ、と言ってみたらこんな意地悪は言わなくなるだろうか。
伊澄さんはそんな僕の気持ちを汲んだのか不服そうな顔で頬を捏ねるだけだ。膝の上に乗っかって、すこしの骨ばった感触とあたたかさにむくむくといやらしい方向に考えが進む。自分の与えられるダメージを理解しているのか、いないのか。
「伊澄さん、くち開けて」
「やだ」
「どうして、」
「だって月島、すぐちゅーすっちゃや」
くちびるを突き出すそのしぐさはすべてをわかっている。それを指でつまんでやるとふにふにとやわらかい感覚と、口端に滲む唾液が触れる。そのまま咥内に手をつっこんで、下の歯をなぞった。じかの体温が訴えかけてくる粘膜は生々しさとファンタジーを同時に孕んでいる。伊澄さんは口の中を好きにされるのがよっぽと嫌なのか(よくよく考えてみれば僕もそれは嫌なのだけど)、指を噛んだ。なんだか変態にでもなった気分だった。もう既に伊澄さんはモゴモゴしながら僕を変態!と罵っていたけれど。
「もっ、」
「はは、きもちよくなっちゃったワケ?って、んむ、」
くちびるを奪われる。昔やんちゃだったことが垣間見えるような乱暴なそれに身震いした。まんまとやり返されたみたいなそれは、伊澄さんが生身の人間だと教えてくれる。絡まる舌、少し硬い根っこのところ。
でもそこにやっぱり妖気はあるかもしれない。どこか引きずり込まれて溺れて帰ってこれなくなりそうなそれは見えないけどたしかにある。
(……まぁ、それがわかるのは、僕だけで充分かな)
他の人も、そして彼自身も気づかなくていい。僕だけが知っていればそれでいいのだ。