ジャム



 ひどく震えた指先を包むように、掌を重ねられた。あまりに寒くて体が揺れてしまう。吐く息は靄がかかった白で、この前まで暑かったのに突然冷え込んだものだっちゃなぁ、とまいった。隣の手を重ねてきた彼も同じように震えているけども、顔を覗きこむとお得意のへらっとした顔をされた。ココアみたいな甘い色の茶髪と同じ色の睫毛が蛍光灯の安っぽい光を反射してきらきらしている。

「あーさむいねえまったくもう」
「……んだね、いきなし」
「灯油とか、ないっけ?」
「ない」
「はぁーそっかー」

 面倒だけど毛布出すかーと、俺の手を握ったまま及川は立ち上がった。

「あー、めんどくさー」
「さっさと毛布出せよ」
「んー、でもー、こうしてた方があったかいんじゃないのぉ?」

 そう言われてからぎゅっと抱きすくめられて、一瞬体がこわばった。すぐそこの部屋には及川の母さんもいるのに、とはねのけようとしたが、ほんのりと鼻をくすぐる甘い匂いと、目の前に迫るくずれきった顔を感じて、なんだか抵抗する気持ちは消えてしまった。早いテンポの及川の鼓動が直に伝わってくる。ゆりかごにでも乗っているかのような、なだらかな安心感で、うとうと睡魔が襲ってくる。及川の手はちょうどいいあたたかさだ。ゆっくり愛を囁くように名前を呼んで声をかけてくるから、うん、うんと毎週恒例のように22時のドラマを見る母さんみたいに返す。
 もつれ込むように倒れて、及川の自室の畳の上に寝転がった。雪山で遭難したみたいに体温を分け合う。ただ、抱き合うだけで他には何もしなかったし、むしろ何もいらなかった。
 寄せ合うみたいな静かな抱擁で、ただの家族みたいだ。いつもの恋人同士の甘さを孕んだエロティックな仕草なんて微塵も感じない。
 いつのまにか、そのまま俺は眠りに落ちる。及川の匂いに包まれて不思議な夢を見た。薄い紫色と、雨上がりの匂いがするきらきらと輝く空間に、俺と及川がごく普通にいつもどおり変わらず日々を重ねていた。もちろん岩泉も花巻も松川もいて、皆にこにこ元気に、時には泣いたり怒ったりして、ただただ幸せだった。閉鎖されているのかどうかは不明瞭だけど、俺たちの生活がゆっくりと進み、妙なリアルさをもたらす。
 夢なのにたくさんのことが起こって、現実とあやふやになるくらいだった。不思議な夢だけどうつつとは大して差異がない。そのことがなによりも幸せだった。浅い眠りの中で感じる隣で寝息をたてる及川も同じように思ってくれてるといいな、と願いにも似た気持ちでそう思う。
 目を閉じたまま、寝たふりにも言えるくらいのうっすらとした眠りの中で、寒くなり始めた秋の、まどろんだ午後10時の一瞬を充分に味う。それはまるでじっくりとコトコト煮詰めた僕たちの甘い愛のジャムのような、そんな味がした。