Desire.4
一度も素直になったことなんてない。心無いひどい言葉を吐いたことの方が圧倒的に多いし、魔法少女の義務だから及川を魔女から助けているだけで、優しさなんて一筋も見せたことはない。それなのにどうして、あいつはわたしのそばから離れないんだろう。もう何度目か分からない告白を受けて、そう思わずにはいられなかった。好きだなんて、真実を知らないからそう言えるのに。
「……いい加減諦めたらいいのに」
ため息混じりにそう言っても及川は苦笑するだけだった。
「わたしがアンタに優しくしたこと一度でもあった?そういうことだから、早く帰って」
「でも
翠ちゃん、俺のこと嫌いではないでしょ」
間を作ることなく返されて一瞬言葉を失った。図星だからだ。
「……は?」
「優しくなかったら俺のこと見捨てるでしょ。俺のこと庇って怪我したこともあるし」
及川はまっすぐわたしを見据える。風が強く吹いて、公園のブランコが揺れた。
「……だからそれは魔法少女の義務で」
「そんなことない。だって
翠ちゃん、俺に何度強く言いはしても実力行使はしなかったでしょ。
翠ちゃんなら、きっと特別な力でできるだろうし」
こいつ、なんで、こういうとこあっさり言っちゃうわけ。人がせっかくひた隠しにしてるのに。
「……全部、アンタの勘違いだって言ったら」
「むしろ
翠ちゃん、俺のこと好きなんじゃないかなー、なんて」
こいつは案外強かだってことを忘れていた。なんにも考えずにこんなことを言ったりしない。つまりは確信を得ている。何度否定したって、及川は絶対に折れたりしないだろう。
「……逆に、そうだって言ったら、どうすんの」
「付き合う。
翠ちゃんに人並みの幸せを与えられる自信はある」
その言葉を聞いて、なおさらわたしの決意は固くなった。人間として生きることを諦めきったわたしにとって、ひどく、どうしようもなく、及川は眩しすぎた。
「……なら、余計にあんたの事は嫌いになるね」
元々透き通るようなミントグリーンだったわたしのソウルジェムは、もう八割方黒い。どんなにグリーフシードを当てて浄化しようとしても、吸いきれない穢れは澱のように溜まっていく。そしてそれは、今の絶望をもって、もっと黒く濁っていく。
指輪を卵形に変形させて、掌に乗せる。及川は目を見開いた。
「及川と一緒には生きれない」
「待って、ねえ、真っ黒じゃん。グリーフシードもうないの?やばい事になるんでしょ、知ってるんだよ、俺」
わたしが魔女になった後の処理は、ほむらに全面的に任せてある。まだ中学生であるあの子に酷なことをさせてしまうのはわかっているけれど、正直それ以外に方法はなかった。魔法少女がわたしひとりしかいないこの街から、一番近いのが見滝原だからだ。
「……国見から聞いたの?」
「今はそれどころじゃないだろ!本当にグリーフシードないの?ストックしてたのは?」
全く動じていないわたしに対して、及川はひどく焦った様子だ。
「及川、最後のお願い。今すぐここから逃げて、できるだけ遠くに」
「は、」
及川は思いっきり顔を顰めた。
「及川、死んじゃうよ。ほんとうに、お願い」
「死ぬってなんで、わけわかんないって!いつも俺に何隠してんだよ!?」
自分を嘲笑う他ない。口元に笑みを湛えているわたしと対照的に、及川は泣きそうな顔をしているように見える。
「これから何が起こるっていうのさ、ねえ、俺に出来ることなら手伝うから!」
恐怖も、なにも、ない。こうなることは最初からわかっていたし、覚悟もしていた。及川さえ、無事でいてくれるなら、わたしはもう、どうなったってしょうがない。人間では成し得ない奇跡を願った代償だ。
「………国見を呼んできて。お願い」
「わ、わかった、国見ちゃんね、すぐ連れて来るから!」
「……うん」
聡い国見のことだから、きっとすぐに状況を理解して及川に真実を話してくれるだろう。最終的には知り得てしまう事実だとしても、どうしても、どうしても、わたしの口からは言えなかった。
及川が走り出した。迷いもなく、必死に四肢を動かして。わたしにはなんともお似合いな結末なのではないだろうか。もうすぐほむらが来るだろう。人気のない錆びた公園でひとり、ソウルジェムを高く投げた。もうそれは既にわたしの魂ではない。視界を奪うほどに一瞬眩く光って、わたしの意識はどんどん薄れていく。視界が暗くなって、もう、なにも見えなくなっていく。
及川、好きだよ。ごめんね。最後まで言えなくて、ごめんね。それでも、普通の女の子だったら、なんて思ったことはない。誰に誇れるものでもないけれど、それだけがわたしを奮い立たせる意地だったから。こんなこと言ったら及川は泣くだろうしきっと怒るかもしれないけれど、お願いだから、魔女になったわたしを見ないでね。そうしてどうか忘れて、幸せになって。
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