※吸血鬼パロ

I want love…or death.That's it.



「なあ、」
「やだ」
「まだなんも言ってないけど」
「鉄剤あげたじゃん、あれ飲んで」
「あれ不味い」
「飢え死ぬよりマシでしょ」

 ああっ、という掠れた声と、小刻みに揺れるガラステーブルの音を遠くで聞きながら、わたしは目の前のピザを頬張った。
 暗くて悪趣味な部屋、それがここに来たときの第一印象。やたら血色の悪い、無駄に顔の整った人、それがこの男を見たときの第一印象。イラついてるのか貧乏ゆすりが止まらない。テーブルが揺れているのもそのせいか。

「ねえ、それやめてよ」
「じゃあ吸わせろよ」
「うわ、乱暴」
「あー、今の無し。ごめんなさい」
「そんな簡単に取り消せると思う?」
「……マジでごめんなさい」

 ピザを食べるわたしの足元で、クロがみゃあ、と鳴いた。部屋が真っ黒だから、クロを見つけるのも一苦労だ。黄色い目だけが浮いて見える、不思議な光景。買い溜めておいたツナ缶を開けてやると、クロはもう一度みゃあ、と鳴いてわたしの足に擦り寄った。そこでようやく、身体がどこにあるかが分かる。

「可愛いねえ、クロ」
「クロいたのか」
「見えづらいんだよ、いっそ全部白にしたら?」
「殺す気か」
「こんなところにずっといたら、いつか頭おかしくなって死ぬね」
「うるせぇ」

 彼はよく昔の話を聞かせてくれる。もう何十年、何百年も昔の話。不老不死、というのはどうやら本当らしい。全て彼の作り話、ということもあり得るけれど。(だとしたら、小説でも書いたら売れるんじゃないの)
 眠れない夜は、決まってアルフレッドノーベルの話。わたしは決まっていつも同じところで眠ってしまうから、その話を最後まで聞けたことはない。それから、わたしが先に眠っても、彼はわたしの血を吸ったりしない。それが彼のポリシー。変なところで神経質。部屋は汚いけどね。

「というかなんでそんな離れてるの、今日は」
「お前が嫌がるから」
「別にあなたが嫌なわけじゃないよ、」
「わかってる、それは」
「寒いから来てよ。あ、鉄剤飲んでからね」
「俺あったかくないけど」
「いいの、誰かがいるだけで」

 そういうもんなの、と彼が不思議そうに尋ねるので、そういうもんだよ、と曖昧な返事をした。わたしが求めているのは物理的な温度ではない、ということを伝えたかった。誰かが隣にいる、守られているという感覚。わたしの血を吸いたくて吸いたくてたまらない男にその感覚を求めるのは如何なものか、という疑問はあるけれど、それは今はいいとしよう。
 まずっ、と言う声をあげて、鉄剤を飲んだらしい彼がこちらへやってくる。表情は酷く不愉快そうだけれど、顔色は悪くない。わたしは最後の一切れを平らげて、ソファのスペースを半分空ける。頭を預けた彼の肩は、確かに冷たかったけれど、わたしには心地よく、安心できる場所だった。

「ねえ、」
「ん?」
「わたし、もうすぐ25歳だよ」
「そうだな」
「わたしだけ歳とるんだから」
「うん」
「わたしも契約すれば、不老不死になれるの」
「なりたくないってあんなに言ってたのに」
「あなたを置いていくのは可哀想だなって思っただけ」
「優しいな」
「たくさんいたでしょ、こういう女の人」
「こんなところに来る変わり者はお前くらいだよ」
「嘘ばっかり、」

 彼の方に身を乗り出して、額にかかる前髪を退けてやると、ビー玉みたいにまあるい真っ黒な瞳がわたしを見た。わたしの方がよっぽど淀んでる。本当はどんな誰よりも、綺麗な心を持ってる癖に。そのまま自分の唇を押し付けると、彼は抵抗することもなくそれを受け入れた。ガラスみたいに冷たい唇に、やがてわたしの体温が溶けていく。

「唇ならいいよ、噛んでも」
「ほんとに?」
「うん、少しなら」
「おいで、」

 彼がわたしをひょいと抱き上げて自分の膝の上に乗せた。わたしが目を瞑ると、唇に冷たいものが押し当てられる。一瞬チクリと痛みが走って、ぴりぴりと全身が痺れるような感覚。そこからはいつものキスと一緒。最後に唇の血を舐めとって、彼は満足そうに、でも酷く悲しそうに微笑むのだ。

「痛くない?」
「優しいね、ほんとに」
「俺は与えてもらうことしかできないから」
「……わたしはもらってるよ、たくさん」
「え?」
「……なんでもない。それより不老不死ってどんな気分?楽しい?」
「さあ。でもお前が先にいなくなるのはちょっと悲しいかもな」
「それ50年前も他の人に言ってる?」
「……言ってないっつの」

 困ったように笑って、冷たい手がわたしを撫でる。クロを撫でるのとおんなじように、優しく、丁寧に、毛並みを整えるみたいに。
 じゃあわたしが死ぬときはわたしがあなたを殺してあげる。そう言ったら、この男はどんな顔をするんだろう。そんなことお前にはできないよ、と呆れたように言うだろうか。楽しみにしてる、とふやけた笑顔を浮かべるかもしれない。どちらでもいい、どうせわたしに貴方は殺せないんだから。

「この前の話のつづき、おしえて」

 今日もこの男は、わたしの頭を撫でながら、昔話を聞かせてくれる。わたしはいつも同じところで眠ってしまうから、アルフレッドノーベルの話の結末も、彼が愛おしそうにわたしの寝顔を見つめる顔も、瞼や頬、唇に落とす優しいキスも、一生知らないままなのだ。

( わたしが欲しいのは愛か死よ。それだけ。 )