研磨の金色の髪はサラサラ、と嘘くさいまでの音をたてて揺れていた。遠くにその姿を見つめるだけだから実際その音は俺の脳内のみで、だけど明確に耳元で再生されている。奏でられるのは子守唄みたいな穏やかな微睡みを誘う音。
俺は研磨を遠くから見つめるだけで何も気づかれるようなことはしないし、話しかけることもしない。今は。まるで魔法をかけられて、つめたく縛られているかのように。
会社エントランスの大きな円柱にもたれかかるようにして彼の姿はあった。借りてきた猫みたいな居心地の悪そうな顔がかわいい。
白い肌と中途半端に染め上げられた明るい金髪の印象をアンバランスなものにとさせる黒い虹彩と髪の根元が俺を迷わせて、目を乾かせる。その黒は元気とかやる気とかそういうの何もかもを吸い取ってしまいそうだ。研磨はその身体にブラックホールを持っているのかもしれない。小さなカオスを。
1人でぼんやりと立つ彼には何か危ういところがある。スウェットを上下着たそのゆるい格好は中学生みたいだ。どこもかしこもきっちりと決まっている会社にはすごく不似合いでけだるげな雰囲気はすれた大学生みたい。彼のイメージはすぐあっちこっちに行ってしまう。
「……あ、伊澄」
「研磨、来てたの」
「雨、降るんだって」
「……あ、降り出した」
研磨が二本の傘だけを手にしていることに気づいて俺は微笑む。さっき耳元で再生されていた研磨の髪の毛の揺れる音に似た、静かな雨の音が少し眠気を誘う。サァサァ、と穏やかな波が頭の中で描かれる。ぶれのない、安定したゆるやかさ。
「バイトは?終わったの?早いな」
「今日は朝からだったから、暇だった。ん、はい」
「あんがと。助かったわぁ、まじで」
なんとなしというように素っ気なく、自然な流れで傘を手渡される。研磨の白い細い指が触れて少し目線を上げると、袖口から覗く手首が青白く血管を透かしていた。蝋を思い出させるそのうつくしさに思わず息を飲んだ。
指先が黒く煤けているのか曇ったように汚れている。多分きっとお金を触っていたからだろう。最近の研磨の指からは少し金属の錆びたようなにおいがする。中古の本屋のバイトを始めた頃からその独特なにおいは職業病だとでも主張するみたいに研磨の掌にこびりついているのだ。ここにも小さなカオス。
白くうつくしいその指先を誰にも気づかれないようにと包み込んでから、2人違う傘をさして歩いた。恥ずかしいからやめて、と研磨が俺の手を軽くつねる。真っ赤にしてうつむくその顔は全然嫌がってなくって、腕が少し雨に濡れてしまうのも、悪くないと思った。
はやく俺たちのアパートに帰って、一緒にお風呂に入ればちょっとくらい寒くったってへっちゃらだ。
スーツを脱いで、そしたらそれがはじまりの合図になるのだろう。