わたしは家の中で震えていた。黒尾にプロポーズされたあの日から一週間が経ったのだ。わたしの中で答えは出ていなくて、まだ黒尾に返事はしていない。だっていきなり結婚しようとか言われても、たったの一週間で決められるわけないでしょ!
さっきから携帯が何度も着信を知らせている。きっと黒尾なんだろうな、と思うから見ていない。玄関にも鍵をかけてベッドで布団を被って息を殺す。頭の中は黒尾が来たらどうしよう?という思いでいっぱいだ。
ピンポン、とチャイムが部屋に響く。肩が跳ねた。黒尾だったらどうしよう。でもちゃんと鍵掛けたし、このまま出なければ……ってダメだ!あいつは合鍵持ってるんだった!!大事なことを思い出して跳ね起きるのと同時に、鍵が回ってドアを開く音が聞こえて来た。ヤバいヤバい、本気でどうしよう!わたしは部屋をオロオロと彷徨って、最終的にまた布団を被った。
「鈴子ー」
ガチャリと寝室のドアが開いて黒尾の声がする。絶体絶命のピンチだ。
「返事がないなんて、そんなに俺に襲われたかったとは知らなかったなー」
足音が近づいていて、黒尾がベッドに腰掛けた。ギシ、とベッドが沈む。
「どうする?このまま何も言わずに俺に襲われて結婚するか、今からでも返事を言うか」
そう言っている間にも布団の中に黒尾の手が忍び込んで来てわたしの足を探り出すと、つー、と指先でなぞる。危機感を持ったわたしは変な気分になる前に、布団を剥がして飛び起きた。
「よう」
「最悪」
「プロポーズして返事されない俺の方が最悪」
話してしまえばいつも通りの黒尾なのに、どうしてわたしの心臓はこんなにうるさいのだろうか。まるで黒尾を意識しまくってるみたいで嫌になる。
「一週間は無理があるって」
「余裕だろ」
「だってわたしたち付き合ってないし」
「付き合ってるやつらよりもよっぽど長い時間一緒にいるんだから、お互いのことは嫌というほど知ってるだろ」
襲う、と言っていたからわたしはあんなにビクビクしていたのに、黒尾は座ったままわたしに触れてくる様子すらない。そのことに安心してわたしはベッドから出た。
「それにしても鈴子ちゃんは俺と結婚することしか考えてないみたいですねぇ」
「は?」
「嫌だって答えても良いんだけど、不安だとしてもそんなに俺と結婚したいの?」
「はぁ!?」
そんなことない、と口では弁解して見せるけど、全く黒尾の言う通りだ。どうして嫌だと即答できないのだろう。この一週間ずっと黒尾と結婚することだけを考えていた。なんならプロポーズされた日に「絶対に嫌だ!」と断言して帰って来ても良かったのに。つまりわたしは意外と黒尾との結婚に魅力を感じているらしい。
「そもそも黒尾はどうして結婚したいの?彼女作らないでわたしとずっと友達のままおじいさんになって死んでいくのもアリだとは思わないの?」
ふと頭に浮かんだことを尋ねてみれば、黒尾は一瞬たりとも考えることなく即答した。
「そんなの結婚した方が何かと便利だからに決まってんだろ」
「うわぁ、すごい問題的な亭主関白発言」
「違ぇし。嫁をこき使いたいんじゃなくて、誰かと飲みたくなったり話聞いてもらいたいときに相手いたら良いじゃん」
「あ、亭主関白じゃなくて甘えん坊の方だった」
「違うっつーの」
わたしも親からうるさく言われるし、できるものなら早く結婚したいとは思う。その相手が黒尾かどうかは置いといての話だ。
「籍を入れて結婚ていう形にはなるけど、別にただの同居って考えればよくね?」
「それなら本当にただの同居で良いじゃん。わざわざ籍入れなくても」
「うーん、面倒臭ぇなぁ」
面倒臭いのはどっちだ!解決の糸口が見つからなくて、わたしは頭を掻きむしる。それを見て黒尾が溜息をついた。溜息をつきたいのはわたしの方なのに。
「鈴子となら結婚してもいいかな、って思い始めたら、お前と結婚したくなっただけなんだけど。同居じゃなくて結婚。理由はないけど直感的に思ったんだよ。根拠はないけど大丈夫だって、俺たちなら。な?だから結婚しよう」
投げやりな言い方に少し苛立ちを覚える。でもそれ以上にその言葉がすとんと胸の中に落ちてしまったんだから仕方ない。わたしも黒尾と同じくらい投げやりな口調で言い返した。
「分かったよ、結婚すればいいんでしょ!?するよ、結婚くらい!これで満足!?」
「投げやりだな、嬉しいけど」
「わたし、本気で言ってるから」
「そんなの俺だって最初から本気なんだけど」
黒尾が近づいてきて、わたしの顎を持つ。
「言ったな?誓ったな?」
「なんならもう一度言ってさしあげましょうか?」
「いや、聞こえたから別にいい。じゃ、そう言うことで」
ちゅっ、とわざとらしいリップ音を立てて黒尾がわたしの唇にキスをした。わたしは耳まで真っ赤に染まる。
「俺たち結婚するか」
理想では、結婚はこんなに雑に決める予定じゃなかった。でも何だか彼となら大丈夫な気がした。きっと、いや、絶対に後悔なんてしないだろう。