ばかみたいラブストーリー



「やまだくん!」

 廊下に出た山田くんを慌てて追いかけて声を掛けると、山田くんはくるりとこちらを振り返った。かと思ったらまたすぐに前を向いて歩き出した。ええ、待ってくれてもいいのに!小走りで追いかけてやっと追いついたけれど、山田くんはわたしの存在なんていないようにすたすたと歩いていくのでリーチの差で距離はなかなか縮まらない。

「山田くん歩くの早い……!」
「また追いかけてきたの?」
「それ重そうだから手伝おうと思って!」

 はい!と手を差し出すと、山田くんは持っていたノートの束から四分の一くらいをわたしに手渡した。今日の日直さんである山田くんは、先程の授業で集めたノートを職員室まで持ってくるように先生から頼まれていたのだ。いつもこうして山田くんを追いかけては、また来たの?と面倒くさそうな顔で言われるわたしだけれども、たまにはこうして役に立つんだから。
 ふたりで並んで職員室にノートを提出しに行って、またふたりで並んで教室まで帰る(正確には山田くんは歩くのが早いからわたしの二歩くらい前を歩いてるのだけれども)。その間わたしが一方的に話してるような状態で、山田くんは聞いてるのかもわからなかったけれど、一緒に歩けるだけでじゅうぶんだった。
 日直さんとは時に不運なもので、一日に同じようなことを何度も頼まれることがたまにある。午前中最後の授業でも、同じようにノートを集めて持ってくるように、と言われていた。ただ、昼休みに持ってこいと言われていて、わたしもいつもなら手伝うんだけれども今日は委員会の集まりがあったのだ。ごめんね、山田くん、手伝えなくて。
 昼休み、わたしはいちばんに山田くんに提出するノートを渡して大急ぎで委員会の集まりへと向かった。どうせ集まるんだから、みんなでお弁当を食べてからにしようという委員長の提案で、昼休み中を委員会のメンバーと過ごすことになっていたのでお弁当も忘れずに持って。
 結局委員会が終わって教室に戻って来れたのは午後の授業開始ぎりぎりの時間で、一瞬だけ見た山田くんの表情がなんだか少し不機嫌そうな気もしたけれど、すぐに本鈴が鳴って先生が来てしまったので話しかける暇もなく。放課後にでも話しかけてみようかな、と板書をしながらぼんやり思っていたわたしに、なんと放課後、山田くんの方から声を掛けてきてくれたのだった。こんなこと初めて……!

さんさ、」
「なんでしょう!」
「昼休み、どこ行ってたの」
「ひるやすみ?は、委員会の集まりに……」

 お弁当持って?と聞かれるので、その理由もしっかりと説明する。すると山田くんは、あのさあ。そういった後にこう続けた。

さんいないから大変だったんだよね、僕」
「……へ?」

 なんと山田くんは、わたしがいなくてひとりでみんなのノートを集め、持っていくのが大変だったというのだ。

「だから、僕の近くにいてくれないと困るの」
「……やまだくん」
さんも、僕がいないと困るでしょ」
「そんなの生きていけない……!」

 大袈裟でしょ、って山田くんは笑うけれど、わたしは本気で山田くんがいないと生きていけない。そして山田くんはわたしほどではないけれど、とりあえずわたしを必要としてくれているわけで。好きだと言われたり、付き合ったりしたわけでもないけれど、こんな嬉しいことなんてない。

「帰るよ、ほら」
「え、いっしょに……?」
「なに、僕と帰るのがいやなわけ?」
「まさか!!」

 るんるんと鞄を手に取って先に教室から出た山田くんをいつものように追いかけると、なんといつもとは違ってそこで待っていてくれて、ふたりで並んで廊下を歩いた。
 あの山田くんが待っていてくれるなんてどういう気まぐれかな、なんて暢気にも思っていたわたしが、先程の山田くんの言葉は告白だったのだと気づくのはもうしばらく後の話だ。