サーチライトと月灯り



 事の発端はピアスだった。
 コットンパールと星の形をしたストーンがくっついたそれは、テイストとしては好きなものだったのだけれど、印象としては実は少し残念なものだった。本当はもうちょっと小ぶりなほうが好みなのだ。お店で見つけたなら、きっと「かわいい」と手には取るだろうけれど、「うーん」と悩んで結局買わない、そんな感じ。けれども、それは仲の良い同期が長期の休みを利用して行った海外旅行先のお土産として買ってきてくれたもので、だからわたしはありがたく受け取った。実際わたしは星のモチーフのものが好きで、それを覚えていてくれて選んでくれたというだけで嬉しかった。それにもうちょっと小ぶりなほうが好みだとは言っても、かわいいものはかわいい。試しにその場でつけてみると、意外と悪くないように思える。昼休みにそれを受け取ったわたしは、ありがとうという感謝の意味もこめてその日一日をそのピアスと共に過ごした。直径1センチほどの星型のストーンのきらめきは会社でつけるには似つかわしくないようにも思えたけれど、ミディアムロングの髪とそこまで服装に厳しくない社風のおかげで咎められることもなく、その日の仕事を終えることができた。

 その夜、仕事帰りの三郎がわたしのマンションに来て、一緒に遅めの夕食を摂ったところまではいつも通りだった。食後に温かいお茶を淹れて2人でゆっくりまったりとテレビを見る。あのCMのチョコ美味しそうだね、とかこのクイズの答えわかる?なんてありきたりな会話、まさに日常。そんな中でわたしは無意識に髪をかき上げていたようで、彼の目線が不意にわたしの耳に止まる。

「ん、ねえ、
「どうしたの?」
「それ、そんなピアス持ってたっけ?」
「これ?今日ね、もらったの。お土産だって」
「友達?」
「ううん、同期。ほら、前のプロジェクトで同じチームだった人」

 そう言って同期の男の子の名前を添える。途端にほんの少し、簡単には分からないくらいほんの少し変わる彼の表情。あ、やってしまったかもしれない。
 わたしの仕事の話を「僕にとっては未知の世界のことだから」と、いつも楽しそうに聞いてくれていた彼だったから完全に油断した。けれども、そう思ったときにはだいたいが手遅れで。

「ふーん……でも、ちょっとおかしくない?会社の人でしょ?わざわざお土産にピアスとか渡すの?」

 ほら、やっぱりやばい。彼の心のくさくさとしたところを刺激してしまったようだった。だけど、これくらいでそんなに機嫌悪くならなくてもいいんじゃない?せっかく買ってきてくれたのに、と少しカチンときてしまったわたしもいて。

「別におかしくないんじゃない?他の同期の子にもピアスあげてたよ。でもさすが、よく見てるよね。ちゃんとわたしの好きな星モチーフだし」

 気が立って、つい同期の彼を立てるようなことを言ってしまったのは完全に失敗だった。もともと女子社員が少ないうちの会社だから、同期に男の子が多いのも変な話ではないし、仲良くしているのも不自然ではない。それは三郎もわかっているはずだった。でも、だからといってわざわざピアスをくれた同期が男だと伝える必要はなかったし、彼を立てる必要もなかったのだ。完全に売り言葉に買い言葉。けれど、そんな気持ちとは裏腹に口からポンポンと飛び出すのは三郎に反発するような、かわいくない言葉たちで。

「……普通さあ、お土産ってお菓子とかなんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、別によくない?」
「なんか、違和感……」
「そう?わたしは別に変だと思わなかったし、うれしかったけど」
「ふーん、」

 そう言ってマグカップの中身を飲み干すと、彼は立ち上がりキッチンへと向かった。

「僕、明日早いの忘れてた。カップここ置いとくね。帰る」
「えっ」
「また連絡するから」
「ねえ、三郎、」
「今晩冷えるって一兄言ってたから、あったかくして寝るんだよ」

 そう言い残して彼はふわりと去っていってしまった。そう、こんなときでも彼は優しい言葉を吐くのだ。
 いつもそうだ。どんなにヒートアップしていてもいつでも最後は優しくされて、だからわたしは途端に冷静になって、後悔する。やってしまった。彼の物言いにカチンときたからといって反射的に言い返してしまった。そんなことを今更反省しても後の祭りなのだけれど。「あんたのその性格、山田くんに呆れられないようにしなさいよ」そう言っていた親友の言葉を思い出す。あれはどれくらい前だったか、貸していた映画のDVDを返しにきたと突然訪問してきた彼女と、我が家でのんびりとお鍋をつつきながらお酒を飲んでいたわたしと三郎が偶然鉢合わせしたときの話だ。ついでだし、一緒に飲んでく?という流れになってそのまま3人で他愛もないことを話していたのだけれど、ちょっと電話、と三郎が席を外した瞬間に言われたのが、その言葉だった。わたしの彼氏である三郎のことを「イケブクロのディビジョン代表だっていうから心配したけど、めちゃくちゃ優しくてしっかりした人じゃん」と褒めた後「あんたのその性格、山田くんに呆れられないようにしなさいよ」と続いた。そうだよね、わたしもそう思う、なんて、その時は答えたように記憶しているのだけれど。……でも、もういい加減呆れられてたりして。

 やってしまった、言い過ぎた、といくら後悔しても、二十数年付き合ってきた自分の性格を今更簡単にコントロールすることなんてできなくて、意地っ張りで負けず嫌いな性格はあれから三日経っても彼に自分から連絡して謝るという道を選べずにいた。だって「また連絡する」って言ったのは向こうだし、なんて、そんな言い訳を重ねてみてはいるけれど、こちらにも当然悪いところはあって、このまま音信不通が続くくらいならばやはりここは自分から……、なんて携帯を握りしめて堂々巡り。すると、そんなに強く握りしめてくれるなと言わんばかりのタイミングでピコンと通知音を鳴らすそれ。
 見ればちょうど頭を悩ませていた相手からの『今、家?』という用件だけが記されたメッセージだった。『そうだよ』とだけ返せばその瞬間鳴らされるインターホン。

、僕。開けて」
「三郎?どうしたの、急に」
「いいから」

 そう言って急かすからとりあえずドアを開ける。

「はい、これ。手出して」
「ん?なに?」
「あげる」

 手のひらにころんと乗せられたそれはシンプルなピアスで、チラチラと揺れるチェーンの先には華奢な三日月。

「かわいい……」
「でしょ?」
「でもなんで?どうしたの?」
「星よりも、月のほうがはるかに地球に近いんだよ」

 それ、理由になってなくない?と思わず笑みがこぼれる。

「ねえ、意味わかんないよ」

 笑顔と困惑が混ざりあって、どんな表情を貼りつければ正解なのかがわからない。それなのに、そんな難題を投げつけた本人はさっさと靴を脱いで部屋のほうへと歩き出してしまっていた。「ねえ、三郎」そんな風に彼の名前を呼ぼうとしたら。

「星もいいけど、これもつけてね」

 ああ、ああ。
 "星よりも月のほうがはるかに近い"に込められた彼の意図に気づいてしまって、途端に震えるほどの嬉しさで全身の力が抜ける。

「……さすが三郎だね、わたしの好みドンピシャだ」
「まあね、……だからさ、そろそろ仲直り、しよっか」
「ありがと、わたしもちょっと調子に乗りすぎました……ごめんね?」

 そう伝えると、ひとりずんずんと慣れた様子で廊下を進み部屋のドアノブに手をかけていた彼はくるりと一瞬だけ振り返った。「僕も、ごめんね」という小さな声をそっと残して。その様子がかわいらしくて、なんだかおかしくなってわざと意地悪に問いかける。

「でも、なんでこんなことになったのかなあ?」
「…………僕の、嫉妬です……」

 その小さな呟きと、なんでもないような顔をしてわたしの前を歩く彼の耳の赤さに、また嬉しさと愛おしさが湧き上がった。