かわいいあのひと



 大学生のテンションは鬱陶しくて、もし仮に自分が進学したときのことを考えると憂鬱だった。酒が入ると余計にうるさいし、汚いし。本人達は楽しいかもしれないけれど、素面の高校生から見れば大学生の飲み会なんて異様な光景で、あと何年経とうが俺は到底この人たちのようになれる気はしなかった。それでも、それでも早くこの集団に混ざりたいと思ってしまうのは、のせいだ。彼女のせいで、俺はいつだって年を重ねることに焦がれている。

「すんません、いつもメーワクかけてるみたいで」
「いーよいーよ!彼氏クンも大変だもんね〜」
「この子調子乗ると自分が酒弱いのすーぐ忘れちゃうからさー」
「やめろって言ってんのになあ。今日なんか最初からさあ〜」
「ほんと、お店の人とか若干引いてたしね」
「まあ私たちも煽ったとこあるんだけどさ。ごめんね」
「いや、……」
「つーかもやるよねえ、こんなイケメン捕まえて!しかもバスブロじゃん?」
「あ、彼氏クンも飲んでくー?」
「や、俺まだ高校生なんで」
「高校生だってー!え、てことは何歳?何年?」
「十七です」
「えーもう犯罪じゃね!通報!」
「そう言って一番羨ましがってるからねこいつ」
「アハハ、ばれた?」

 高校生とはいえイケブクロの代表のひとりである俺に興味津々らしい大学生たちは、揃いも揃って酒臭かった。当たり前だけど。終わりの見えない会話を適当に聞き流しながら、きょろきょろと視線を巡らせて室内を見渡す。奥のテーブルで突っ伏しているのが酔って寝てしまったという彼女だろう。俺の視線に気がついたのか、大学生の一人がすやすやと眠っているに声をかけた。

「おい、いい加減起きろって。彼氏来たぞ!」
「んん……」

「ん……、えっ!? えっ、じろくん?なんで?」

 彼女の肩を揺すって声を掛けると、そろそろとようやく目を開けた。かと思えば、がばりと起き上がって混乱したように目を白黒とさせている。「アンタが酔って彼氏クンに電話したんでしょ〜」と呆れたように女の人が笑った。
 俺に電話が掛かってきたのは一時間程前のことだった。萬屋の依頼帰りに流れで兄ちゃんと飯を食べて、店を出たあと着信に気がついた。折り返してみれば電話口でもわかる酔っ払ったの声。何を言ってるかはさっぱりわからなかったけど、大学の飲み会ということだけはなんとか理解した。この調子じゃ周りの人に迷惑かけてるんだろうな、と思ったところで「ごめんね、この子酔っちゃってて。迎えに来てーって言ってるんだけど……」電話は友人らしき人に変わった。そうして、店の名前を聞いて駆けつけたのが今。は実際に俺の顔を見て、いくらかは目が覚めたらしい。

「早く立てって」
「え、あ、じろくん、」
「いいから早く。じゃ、面倒かけてすんませんでした」

 傍らの鞄を持って彼女を無理やり立たせて、周りの人に頭を下げてから店を出る。喧騒と表現するのが一番それらしい賑やかな店内からから一転、外は静かなものだった。少ししか屋内にはいなかったのに居酒屋の個室は熱気が籠っていたから、ひんやりとした夜風が頬を撫でて気持ちいい。

「さっきの電話、なに言ってっかわかんなかった」
「わ、わたしもなに言ってるかわかんないまましゃべってた」
「酔いは?」
「じろくんに電話をした時の自分を殴りたいくらいには覚めました……」
「そ」

 は俺に酔っているところを見られたことに相当ショックを受けているらしく、スマホで発信履歴を確認しては額を押さえてうんうんと唸っている。酔いが覚めたと言ってはいたけれど、その足取りはまだふらふらとしていて正直危なっかしい。

「っ、危ないから」
「わっ」

 通りがかった自転車の動線に足を踏み出した彼女の腕を取って、自分の方へと引き寄せる。「轢かれんぞ」俺の言葉に重なるように、通り過ぎた自転車のベルが遅れてチリンチリンと鳴らされた。あぶねーなマジで。チャリなら車道走れよな。俺の肩に後頭部をくっつけたままだったは、そのベルの音で我に返ったようにバッと離れる。危なっかしいと思った矢先にこれだから、こいつは。

「ご、ごめん、ありがと」
「しっかりしろって」
「……あーあ」
「なに」
「だらしないとこ見せちゃったなって」
「……別に」
「じろくんの前では、しっかりした大人でいようと思ってたのに」

 また子供扱いかよ、と言おうとした瞬間、少し離れて歩いていた彼女が俺の腕をとった。「でも」と言葉を繋いで、はそのまま俺にすいと体を寄せる。

「……今日でボロが出ちゃったし、今度から、もっと頼ってもいい?」
「、……今に始まったこと、じゃないだろ」

 するりと腕を絡めて俺を見上げるに、なんとかそう言うのが精一杯だった。だっていきなり、こんなのはずるい。今に始まったことじゃない、と口では言ったけれども、そんなのは大嘘で、彼女がこんな風にわかりやすく甘えてくるのはこれが初めてだったから。僅かに心臓がうるさくなってきて、自分のガキっぽさと現金さに呆れ果ててしまいそうになる。こんなんだから童貞を弄られるんかな……、
 車通りの多い道を抜けて、の家まではあと少し。その間もずっと彼女は必要以上に身体をぴたりと密着させてくる。まだ酔っているのかもしれない、と頭上でぱちぱちと音を立てる切れかけの電灯を見て思った。

「ね、じろくん」
「なに」
「……キスしたい」
「、!」

 動揺でぴたりと足を止めた俺と、彼女の熱っぽい視線が交わった。かと思えば、腕が引っ張られて、ふにゃり、頬にあつくて柔らかいものが当たる。触れるだけのそれはすぐに離れて、は距離を詰めるために伸ばしていた爪先立ちをやめて俺を見上げた。

「……、酔ってるだろ」
「もう覚めてるよ」
「嘘だ」
「嘘じゃ、」

 ないよ、と続いたかもしれない言葉は、今度は俺が全部飲み込んだ。人気のない路地裏、切れかけてぱちぱちと音を立てて点滅している街灯に控えめに照らされながら、俺は彼女の小さな顔を両手で包む。我慢のできないところがガキ、と言われても仕方がなかった。唇を合わせただけでもふわりと鼻先に香るアルコール。舌を入れないただ塞ぐだけのそれ。頼る、と甘える、を混同しているらしいは、いつもは見せない熱っぽい表情をしていて、こんなんじゃ俺を煽っているとしか思えない。これ以上は、というところでゆっくりと顔を離すと、彼女はなんだか物足りなさそうな顔をする。……だからそういうの、マジで無理なんだけど。

「……あのさ」
「?」
「……なんでもない。早く帰るぞ」

 ぱっと両手を離して歩き出すと、彼女はまた俺の腕にぴとりとくっついてきた。「じろくん、好きだよ」とやわらかに笑った彼女は、ガキなりにいろんなことを考慮して、どうにかこうにか抑えた理性のことを全然考えてくれていないんだろう。俺がどれだけ年を重ねることに焦がれているのかも、その理由も原因も、きっとこのひとはまるでわかっていない。けれど、それでもいいんだとやけに素直に思えた。隣を歩く彼女の熱を感じられるのは、どれだけ年の差があってもたったひとり、俺だけなんだから。

「……あれだけしといて寝るかよ、普通」

 家に着いた途端ばたりと睡魔に負けたに言いたいことはたくさんあるけれど、寝息の合間に「じろくん」とひどく幸せそうな顔をして俺の名前を呼んだりするものだから、それも結局は飲み込んでしまった。
 やっぱりこの人には、どうしたってかなわない。