死にぞこないのラブステップ



 明日、告白しようと思ってる。
 目の前で焼かれる肉にいくら意識を集中しようとしても、昨日やけに真剣な表情でそう言っていた独歩の声が何度も何度も脳内に甦っては再生される。なあ肉焦げてるから、と若干不機嫌そうな声が飛んできて、わたしはようやく現実へ戻ってくる。

「あ、はいはい」
「重症じゃ〜〜ん」
「……ごもっとも」
「タン頼んでいい?」
「もうなんでも、お好きなように」

 焼肉好きなだけ食べていいからつきあって、という突然の電話にも関わらず、忙しいだろうに一二三は時間通りきっかりに指定した駅にやってきて、開口一番、独歩ちんとなんかあったの、と言った。デリカシーが無いと言ってしまえばそれまでだけど、歯に衣着せぬ物言いが今ばかりはありがたくて。そもそも、女性恐怖症である一二三がわたしにだけはホストモードじゃなくてもこうして昔と変わりなく接してくれている時点で、たぶんものすごく恵まれているのだと思う。そんなことをつらつら考えながら、わたしもうすぐ失恋すんの、と端的に伝えると、一二三はちょっとだけ驚いたように目を見開いて、とりあえず飲むかあ、とやや引きつった笑顔を浮かべた。

「バカだねー」
「はっきり言わないでもらえます」
「好きなひとの恋愛相談に乗るとか、マジ地獄っしょ」
「地獄でした……」
「それでも会えないよりマシとか思ってた?もしかして」
「思っ……てたわ多分」
「純情すぎて引くわ〜〜」

 焦げた肉をトングで網の端によけて、わたしは大きなため息をついた。わたしはもうすぐ、失恋をする、正式に。

「で、どうなったわけ?」
「……こっちが聞きたいよ」
「まだ連絡こねーの」
「こない」
「じゃあまだ見込みあんじゃん!」
「独歩に告白されて振る人とかいないもん」
「……盲目すぎるだろ〜〜」

 わたしだったら泣いて喜ぶのにな、と呟くと、それ見てみたいよ俺、と一二三がきゅっと目を細めて苦く笑う。見せてやりたいわ、と、投げやりに返事をしたのとほぼ同じくらいのタイミングで、テーブルの端に置かれた一二三の携帯が鳴った。

「……どっぽだ」
「うそ、え、まじか……でなよ」
「え、いいの?」
「いいから、はやく」

 もしもし〜?と電話に出た一二三はわたしに気を遣っているのか、席を立って、会話が聞こえない距離まで行ってしまう。表情からはなにも読み取れなかった。それから5分ほどして席に戻ってきた一二三に、どうでした、と恐るおそる尋ねる。

「こっち来るって」
「は?誰が?」
「流れ的にどっぽしかいねーだろぉ」
「え、なに、まさか彼女と一緒に……」
「ちげえから」

 最悪の展開は避けられた、と安堵して、でも直接結果を聞いて、うまく笑えるかなだとか、もしうまくできなかったら一二三に助けてもらおうだとか、とにかくいろんな考えが頭の中を猛スピードでぐるぐる交差していく。
 直後、店員の、いらっしゃいませ、という声が響いて、待ち合わせです、とひどく聞き馴染みのある落ち着いた声が耳に入った。一直線にこちらにやってきた独歩は、目の下のくまさんは通常装備としても、いつもよりすこしだけ、不機嫌そうだ。

「……おつかれさまでーす」
「よう、」
「遅えよどっぽぉ〜〜」
「なんで二人でいるわけ」
「焼肉たべたいなーと思って呼んだら暇そうにしてたから」
「俺呼べよ」
「いや、だって独歩は、」

 今日告白だって言ってたじゃん。その言葉が出かかって、慌てて飲み込んで喉の奥にしまい込む。一二三はなにも言わないまま無言でグラスに残った梅酒を飲み干して、ゆっくり立ち上がった。

「俺っち外出てよっか、」
「え、一二三はいてよ」
「……俺が出るわ」
「なんで?来たばっかなのに、」
「お前も出るんだよ」
「はい?」
「話ある、」
「え、やだ、ここで聞く」
「なんでだよ」
「……ここで聞く」

 たぶん、ひとりで聞いたら泣くから、そしたら、わたしが独歩のこと好きなのばれちゃうから、だめだと思う。一二三も、行ってこいよ、と言うけれど、わたしは頑なにそこを離れないぞという意志を固めて立ち上がらない。ビール3つで、と通りがかった店員に伝えたわたしを見て、独歩と一二三も一度顔を見合わせると、ため息を吐いて観念したように座った。

「あのさあ、」
「……うん」
「俺とつきあって」
「……って言ったの、」
「は?」
「それで、どうなったの」
「いや、だから、俺とつきあって」
「……や、だから、」
「お前に言ってんだよ」
「…………え?」

 前に座る一二三に視線を向ければ、俯いて、くつくつと肩を震わせている。震えすぎてバイブレーションみたいになっているし、もはや隠す気もない。いっそ笑い飛ばしてくれ。だから出ようって言ったんだよ、と独歩が呆れたように大きなため息をついて、ついに耐えきれなくなったのか顔を上げた一二三がげらげらと大きな笑い声をあげた。

「いやっ、まじ、鈍感すぎるっしょ、」
「最悪だ、うまくいかない告白も全部全部俺のせいか……」
「えっと、状況がわからないんですが」
「……だから、俺が、すきなの、」
「誰を」
「お前以外にいないだろ今」
「だって今日告白するって、」
「今しただろ」
「……はあ、」
「はあじゃなくて、答えは?」
「……わたしの方がすきだと思う」

 なんかもうよくわからないまま、わたしはぼろぼろ涙をこぼして泣いていて、泣いてんの見れたわ、と相変わらずひぃひぃ言いながら笑っている一二三と、焼肉屋で告白って、マジでムードない、と頭を抱えて落ち込む独歩がぼやけた視界の中で揺れた。なんかもうよくわかんないけど、わたし、たぶん、いま、世界一幸せだ。
 タイミング良く、生3つお待たせしました、と店員がビールを運んできて、わたしは目から流れ出た水分を補うようにジョッキを掴むと一気に飲み干した。