くちびるの融点



 薄く熱い唇が幾度も、わたしの肌を、くちびるの上をかすめる。こんな熱帯夜に似つかわしくない粘着質なキス。執拗に何度も、ばかみたいだ。くっついて離れる度に鳴るリップの瑞々しい音がわたしの羞恥を煽る。溶けそうだ。
 今は他に何も見えていないといわんばかりのシリウスの左腕によって身体を壁際に追い込まれ、押しつけてられいる。身動きが出来ない。いくら抵抗してみたってシリウスの腕の力は強くて、杖がなければ、魔法が使えなければただの力のない女なのだということを自覚させられる。じんわりと、生理的な(と言い張りたい)涙が目に浮かぶ。
 シリウスはこういう、とびきりに甘くて恥ずかしいのが得意だ。王子様みたいなその甘いマスクに似合った、スウィートなモーション。ひとつひとつが、まるで芝居みたいだ。
 わたしはというと、こういうのが得意じゃないから、いつだって叫び出して目の前の彼を張り倒したくなる。しないけれども。
 ひとつ、シリウスの頬に汗が流れて、それがスローモーションかのように見えた。

「……っ、あつ、い、んァ、シリ、やめ、」
「……なに?」
「……何、じゃないっ、理性!しっかりしてぇ!」
「ふは、キリエ、顔、リンゴみたいだ」
「……わかってるなら離してよ、こんな、図書室で趣味悪いわほんと!」
「あはー、そうだなぁ?」
「余裕ぶりよってからに……」

 ぐっ、と押さえつける力を強めて、シリウスが右手でわたしの顎を上に向かせた。汗が滲む。将来を約束されたわけでもない、いつかは離れてしまうだろう相手にこんな、少女マンガみたいなことをして、彼は気持ち悪くないんだろうか。
 睨み、威嚇することを止めないわたしを見て、シリウスはすっと身体を離した。にんまりと笑う表情は崩さないまま、今日もシリウスはキス以上のことをわたしに出来ないみたいだった。わたしはこの意気地無しが、と心の中で小さく毒づく。上目づかいで見てやると、シリウスは毎度のごとく前屈みになって眉間を押さえて、まるで中学生。

 シリウスがわたしのことをどうやら好きらしいと伝えられたのは2ヶ月前のこと。
 やさしいのがだめなんだよ、とか隙見せるからだ、とかヘタレらしいふにゃふにゃの告白だった。わたしはというと別段たいして何も思っていなかったのだけど、(1ミリも違うのかと問われると否定はできない。シリウスのことは確かに綺麗だと思っていたのだから)この熱いキスをされたらダメだった。悪く言うならばわたしは流され易いのだ。昔っから。端から見ればこの上なく軽く始まった関係だけど、シリウスのかわいらしいとこや、意外と男前なとこを間近で見せられてわたしはぐいぐいと惹かれている。
 たとえば、そう。今みたいに求められるとき。食欲は性欲と密接に関係しているだなんて聞いたことあるけどまさにそれだ。ギラギラして、人間じゃないみたいな欲にまみれた瞳。
 こんなときは実際、抱かれてもいい、と思っている。わたしにだって人並みに、性欲があるわけだし。

「……シリウス、」
「んー?」
「もう、わたしが襲っちゃうよ」
「えっ」
「えっ、じゃないよいくじなし!ほんとへたれだよね!このわんこ!」
「……へたれじゃねえ!」
「どこがへたれじゃないの、言ってみなさいよう」
「……キリエから、誘われたいなあ、って思ってんのよ、オレ」


「……えっ」

 どうやら、焦らされていたのはわたしだったみたいで。


「上目づかいで見てくる目、いたずらっ子みたいですげえ可愛かった」「るっさいなあ、ばか!」