「ショートケーキの日だって」
「ふうん」
毎月二十二日はショートケーキの日だ、と言ったのはリーマスだった。
リーマスはそういった女性が敏感そうな物事に、甘いものが絡むと殊更に、彼女たちと同じか、もしくはそれ以上に敏感である。
しかし女っ気があるわけでもない。リーマスの恋人はチョコレートである。悪戯仕掛け人というものを結成してからというもの、彼から浮いた話など聞いたことがない。ジェームズは言わずもがな自他共に認めるリリー一筋だし、ピーターはマスコット的要素が強すぎてお付き合いまで発展せず、一時期女関係の悪い噂が絶えなかったシリウスも、最近はひとりの女の子と清らかな付き合いをしているらしい。しかしむさくるしい男所帯において、先述したようにリーマスはどうしてか、女性的な趣味をすこしだけ持ち合わせている。
最近ホグズミードに新しくできたと話題のケーキ屋に早朝からホグワーツを抜け出して男ひとり、学生だとばれないようワイシャツにジャケット、ジーンズ姿で並んだ。ようやく手に入れたショートケーキを片手に鼻歌まじりで帰寮したかと思えば、談話室で本を読み耽っていたキリエの向かいでひどく表情をゆるませている。
およそ5年の付き合いになる恋人に「お前太ったか」とデリカシーの欠片も無く言われたのを、キリエがひそかに気にし始めてから一週間と二日。本格的なダイエットに挑む気にもなれず、ただなんとなく、食べてはならない、という気だけはしている。自分の意志の弱さに内心苦笑しながら、目の前で甘い誘惑を謀るリーマスの底意地の悪さを呪った。
「だからね、ちょっと安かったんだ」
「うん」
「それで、キリエの分もあるんだけど」
リーマスが紙箱をローテーブルに置いた。彼が紙箱を開くとたしかに、こぎれいなショートケーキが三つ鎮座している。リーマスと、彼のいうようにキリエと、それからおそらく彼が悪戯仕掛け人関連と監督生関連でなにかと交流のあるリリーのぶんだ。それでリーマスがジェームズに文句を言われても、キリエの知ったことではない。
「いらないよ、リーマスふたつ食べれば」
「わっ、自分だけ痩せようって?」
「違うから!」
「ちがくないでしょキリエ、らしくもなく体重気にしてるの、知ってるんだから」
「知ってるなら買ってこないでよう」
追い払うように手を動かすと、リーマスはあからさまに眉を下げる。「いらないの?」捨てられる間際の犬のような目で、彼はキリエを見た。ソファに座るキリエを見下ろす形になるにも関わらず威圧感は一切ない、むしろ庇護欲を掻きたてる表情。昔から、リーマスは小芝居をうつのが、悪戯仕掛け人たちの中でも頭一つ抜きんでて上手かった。変わらない。一瞬そう遠くもない過去を振り返って、しかし、
「食べないからね」
誘惑に負けるわけにはいかない。強くかぶりをふると、リーマスが心底おもしろいものを見たとでも言うように声をあげた。
「おいしいのに」
彼はおもむろにショートケーキを掴みあげて、一口二口と食べてみせる。それからくだんの演技力でもって「おいしい」とひとこと笑い、数十秒のあいだキリエを見ていた。口の端にクリームが居残りしている。キリエがそう指摘すると、ますます相好を崩し、たちまちに耳を赤くした。