※現パロ

今日のつづきで会いましょう



 別に今更照れる間柄でもないのに、今からやってくる、と言われるととたんに意識してしまうのが乙女心だ。
 そしてわたしは佐一くんに出会うまで、乙女心というものが枯れていたのだとこういうときに改めて痛感する。
 埃のない床、きちんとしたベッドシーツ、テーブルもきれいにしたし、キッチンも磨いた。というか休日でもないのに、深夜にぼーっとしていた中であわてて片付けたにしては手際が良いのではないだろうか。
 最後に洗面台で口紅を塗りなおして、明るいライトの下で化粧の確認と、服の確認をする。前髪を何度か撫でた後、腕時計を確認すると、佐一くんがおおよそでわたしに連絡した時間。
 待っていました、と言わんばかりに呼び鈴が来客を告げる。スリッパの音が大袈裟なほど鳴るのは浮かれている証か。これで謎の業者や勧誘だったら呪ってやる、と思いながらも100パーセントの笑顔を浮かべた。
 一瞬、サンダルを片足につっかけて、ドアスコープを覗く。さいちくんだ!!!サンタからの枕もとのプレゼントを見つけた子どものころを思い出しながらドアを開けた。

「はぁい」
「こんばんはー」
「こんばんは」
「ごめんなぁ、こんな遅くに。バイトの締め作業が長引いちゃって」
「全然大丈夫だよ。それよりどうしたの?」

 佐一くんから来た連絡は、少しでいいから会いたいのだけれど時間はあるか、と、用件があるような含みのある内容だった。外に出てもよかったのだけれど、家にいるならそっちまで行くよ、と明朗な答えが返ってきたのでお言葉に甘えることにしたのだ。
 佐一くんがこの部屋にやってくるのはもちろん初めてで、いつもは友人何人か、もしくは二人でも外で食事をすることが殆ど。ただ今回はすぐ帰ることを強調されていたし、佐一くんが来る喜びと、何を話すのだろう、という気持ちが半分半分だった。
 夜には少し肌寒そうな半袖に、黒のキャップが良く似合っている。いつもと同じ佐一くんが、「おじゃまします」と言ってわたしの広くもない家にあがってスリッパの音をたててこちらへやってくる。

「いきなりごめんなぁ」

 使い込んだ大きいリュックを探り探り、佐一くんはまた同じことを言う。謝られれば謝られるほど、不安になっていくけれど、本人はそんなことに気づいていないらしい。
 手とか洗うかな、お茶を出した方が、でもそこまで長居するつもりもなさそうだし。
 玄関先を数歩歩いただけで、佐一くんは立ち止まって廊下のライトに照らされながら鞄の中から白い袋を取り出した。小さな巾着のかたちで、手のひらに収まる小さなサイズだ。

「これ、この前買ってさ、なんか、別になんでもないけど」
「わたしに?」
「当たり前だろ!」
「……開けていいの」
「とりあえず気にいらなかったらそれはそれで。でも、今は大きめのリアクション頼む!」

 佐一くんがそう言って茶化すように大きく笑う。
 わたしの手にちょうどいいその袋をそっと開けば、中には金色のピアスが入っていた。

「これ、」
「前欲しいって話してたやつに似てたからさ、」
「うん」
「皆でいる時に渡したらうるさいだろ?」
「……ありがとう」

 佐一くんと知り合ったきっかけである友人と、この前話していたピアスのデザインによく似たそれ。ただ友人がつけていたものはわたしがいつもつけているものとゼロの数が違い、手を出すにはためらいがあった。しかも似ているものでも、とシンプルなデザイン故探してはいたものの、シンプルイコール洗練されているせいか似たものが中々見つからなかったのだ。
 彼に前置きをされた以上大きく喜ぶつもりだったけれど、本当に、本当に、心の底から驚いて、うれしくて、ただ頬が熱くなっていくのが、頼まれていたはずの大きなリアクションが出来ていないことが自分でもわかっていた。

「リアクションできないくらい、うれしい」
「うん」
「……佐一くん、ほんとにありがとね」
「そんな顔されたら、こっちまで照れるって」
「……だって、めちゃくちゃうれしい、大事にする、毎日つける」

 白い台紙につけられたピアスをそっと指でもてあそぶ。

「好きな時につけたらいいよ」
「今度みんなで飲むときに付けてくよ」
「あぁ、」
「……ん?」
「なぁ、今一回見して」

 佐一くんは少し俯いて、被っていたキャップを外して、つばに触れながら言った。白の台紙からそっとピアスを外すと、佐一くんが手のひらを出してくれる。台紙と、片方のピアスを佐一くんに預けて、右耳、そして左耳、と順番にピアスをつけたあと台紙を受け取った。
 気恥ずかしくて、顔を見ることができない。たかがピアスを貰ったくらいで。彼氏でもない、男の子の友達に、指輪でもないものを貰っただけなのに。
 頬が赤いのは明らかだったけれど、耳まで赤いことがピアスを見たらばれてしまう。

「うん、似合ってる」
「良かった、」
「あと、みんなで飲むときはつけたらだめだよ」
「あ、わかった。佐一くんに貰ったのばれちゃうもんね」

 冷やかされるのが嫌なのだろう、舞い上がった自分に少し水を差された気分だけれど、まだ上昇している気持ちのほうが止まってくれない。
 まだピアスをプレゼントしてもらえるけれど、冷やかされたくない関係、大いに結構。そう思いながらピアスに触れると、佐一くんと目があった。

「や、冷やかしとかはどうでもいい、っていうか」
「そうなの」
「言葉足りなかったな」
「……?」
「二人で会うとき、またつけてきて欲しいってこと」

 佐一くんの言葉が、同じ地球の言葉として理解するのに時間を要した。フリーズしたわたしの隙間を付くように、佐一くんはキャップを被りなおして「じゃ、もう帰るわ、明日早いし」とわたしに背中を向けた。

「ごめんね、せっかく来てくれたのに」
「何それ、勝手に来たのはこっちだし全然いいって。また今度」
「ありがとう、わざわざ来てくれて」
「ん、また連絡するよ」

 深くかぶられた帽子、少しだけ佐一くんと視線が重なって、また体温が上がる。
 連絡待ってるね、と呟くと、「おやすみ、」と言ってわたしが閉めるより先に扉が閉められた。
 夢みたいな気分のまま、腕を伸ばしてゆるゆると鍵をかけて洗面台に向かう。部屋、片付けたのあんまり意味なかったな。
 洗面台で自分の顔を見ると、耳たぶで小さく光る金色のピアス。
 次に会うとき、二人で会うとき。繰り返し言葉を思い返しながら、何度も何度もその金色を指で弄んだ。