※現パロ

I'm in love



 春夏秋冬、佐一とセックスがしたい。あの進んで鍛えているわけではないのに屈強に仕立て上げられた肉付きの良い胸板に抱かれて、世界一小さくて脆い囲いから逃げられないように腕を掴まれ、何度も貫かれたい。
 そう思ったのは、別に今日が初めてのことではなかった。現に付き合って一年とちょっと、わたしと佐一は息をするみたいに身体を合わせて、舌や性器で相手が生きていることを感じて、息ができなくなるくらいに激しい運動に勤しんでいる。それこそ暇さえあれば、って感じ。セックスレスって三年目からだっけ、確か。あと一年と少し経てば、二人とも社会人になっている予定だ。ということは、わりとありえなくもないかも。今の性生活からじゃ、ひとつも予想できないけれど。
 単位を取るために適当に取った授業が終わって、友人と飲みきったアイスコーヒーのカップを手にしながら外へ出る。わりと暑くても寒くても大丈夫なように長袖を着てきたけど、四月の暑さを舐めたらいけなかった。今日は朝から日が照って、袖を捲らないと結構暑い。どうせあのバカはもう半袖短パンなんでしょ、と思いながら食堂へ向かえば、遠くの方で派手な顔ぶれの集団を見つけた。

、あそこにいるけど。行く?」
「あー……いいよ、用事ないし。」
「でもあそこでめちゃくちゃ手振ってるけど……」

 主に白石君が。そう言う友人の指先を辿ってみれば、確かに坊主の男がこちらに向かって大袈裟に手を振っていた。佐一もそれを見て、カレーを食べようとしていた手を止める。余計なことしやがって、と内心舌打ちをして近づいて行けば、呆れるくらい見飽きた面子が揃っていた。

「お疲れぇ〜1限から?」
「2限から」
「え〜いいなぁ、俺ら1限からだったし」

 いや知ってますけど。2限からのわたしが必死に起こしましたもんね。少しの怨念を込めながらちらりと見ると、素知らぬ顔でカレーを食べ進めている佐一。白石くんが「ちゃん〜いい加減杉元と別れて俺と付き合おうよ〜」と騒ぐ。「またお前はそんなことを言って!」と宥める谷垣くんの横で、尾形くんの迷惑そうな目が、わたしを真っすぐ射貫いた。

「あー……お前今日バイト?」
「21時まで。そっちは?」
「23時まで〜先寝てて」
「ん」
「やだ〜俺らの前でカップルすんなって」
「白石うるせえ」
「尾形ちゃん酷い」
「あ〜……じゃあ、」

 歯切れ悪く手を振って別れると、わたし以上に居心地悪そうにしていた友人が、「あんたたち、一応付き合ってんのよね」と言いづらそうに訊いてきた。

「付き合ってるけど」
「そう……よね。話してる分には全然そう見えないけど、あんたら今日の上下、お揃いだもんね」

 意外とそういうことするんだ……と妙に感心した彼女に、わたしは耳まで赤くなる。言い出したのは向こうだからすっかり忘れていたけれど、そういえば今日は、佐一のスウェットの上をわたしが着て、下を佐一が履いているのだ。さっきは机があって見えなかったから、彼らはすぐに気づかなかったみたいだけど。
 佐一を必死で起こした後、ベッドに逆戻りして微睡むわたしに向かって、「今日はこれ着て!下も考えといたから」と張り切って言った佐一に、うんとかはいとか適当に返した記憶はある。その後、無難すぎるコーディネートにまぁまぁ手は入れたけど。きっとそれが原因で、むすっとしながらカレーを食べていたのかもしれない。でもいいじゃん、お揃いは守ったんだし。黒いワンピースの上にグレーのスウェットの重ね着もいいけど、今日はデニムの気分だったんだ。どうせ今日はデートしないんだし、それでいいでしょ。帰ったらもう寝間着に着替えてるし、とかなんだかんだ頭の中で言い訳を並べて券売機のボタンを押せば、うどんを食べたかったのにそばが出てきた。なんなんだよ、もう。

「ねぇ〜ねぇねぇねぇ」
「なに」
「なんで今日、俺の準備したやつ着てくんなかったわけ?俺楽しみにしてたんですけど」
「良いでしょ別に。お揃いにはしたんだから」
「ちーがーうーのー」

 佐一がやんややんやと言いながらも、わたしの背後からお腹へ手を回してくる。たまに触れる手の動きを放置しながら、今日出されたレポートに頭を抱えていれば、「、真面目すぎ」と肩に乗せた端正な顔立ちがこちらに向いて、佐一の顎が深く刺さった。地味に痛い。

、ちゃんと休んでる?」
「少なくとも、昨日はあなたのせいで休めなかったですけどね」
「おつかれシーモア、する?」
「一生さまの腕の中だったらしたい」

 えー、すんなら俺の腕の中でしなよ、一生保証付きで無料だよ?大真面目な顔でそう言う佐一に思わず吹き出せば、「なんで笑うんだよ」と一瞬むくれた顔をして、佐一はくすぐり攻撃を仕掛けてきた。膝の上に乗せていたパソコンをすぐに避難させて、その悪趣味な攻撃から逃げ出そうともがけば、さらに服の中まで侵入してくる手。気がつけば悪戯みたいな手つきも色っぽくなってきて、上と下に迫る手に抗えないまま、わたしは佐一の唇に噛み付いた。



こっちこっち」

 例年通り、夏は佐一とそのお仲間軍団、あとその彼女さんたちと海へ行くかと思いきや、今年は二人で川へ来た。去年はまだ佐一と付き合い始めて半年くらいで、彼女軍団の目が怖かったし。結局仲良くなったけど、今の白石くんの彼女違うし。意外に谷垣くんも変わったんだっけ。尾形くんが長いのって珍しいよねって言えば、「ちげーよ、あいつは顔はいいけど性格クソだし、理想が高すぎんの。あいつのやばい理想についてこられる殊勝な彼女なんてなかなかいないから、あいつも手放せないってワケ」と説明した佐一に、ぎこちなく「ふ、ふうん……」としか返せなかった。まぁ分かるといえば分かるし、顔が良いってずるいな、とも思う。まぁわたしの彼氏さんも顔は良いですけどね。たまにゴリラに見えること以外は。
 昔からゴリラなのかと思って小学生の頃の写真を見せてもらえば、全然今とは違う天使の様な可愛い顔立ちをしていた。一体どうしてこうなっちゃったのかしら、まぁわたしは今の佐一になってからしか知らないけれど。

「見て見て、めっちゃ魚泳いでる」

 川だから当たり前でしょ、そう言いかけてぐっと飲み込みながら、佐一が指さす先を見つめる。確かに銀に近い色をした魚が、夏の強い日差しに反射してきらきら光って、時折半透明になりながらあっちこっち泳いでいる。思わず引き込まれるように見つめていたので、隣でわたしの顔を見ていた佐一が、急に立ち上がって服を脱いだことには気づかなかった。次に瞬きをした時には、バッシャーンというまぁまぁな音と白い水しぶきを上げて、佐一が飛び込んだ二次被害に遭った。折角丁寧に日焼け止めを塗りこんで化粧した顔にもまぁまぁ掛かって、気分は激萎えだ。

「ちょっと……もう最悪」
「あははほら、もこっち来なって。気持ちいいよ?」
「イヤ。先に顔拭く」
「これから濡れんだから関係ないって。ほら、こっち」
「いーやーだ」

 両腕を掴んで引き込もうとしてくる佐一に嫌々と逃げていれば、佐一がよろめいて、再び逃げる暇もなく水しぶきが飛んだ。今度は服もびちょびちょになって、着替える気も失せた。仕返しとばかりに手ですくった水を掛ければ、佐一も負けじとやり返してくる。着替えることなんてすっかり忘れてそのままはしゃいでいれば、佐一がとてつもなく大きなくしゃみをしたことで我に返った。振り返ると近くのファミリーが微笑ましそうにこちらを見ていて、わたしたちはそそくさと岸に上がった。車から持ってきた荷物を漁ってタオルを投げ渡せば、佐一は犬みたいな大きな口で受け取る。代わりに投げられたTシャツを受けとって、ハンガーに引っ掛けてテントにつるす。この暑さなら、すぐに乾くだろう。

「佐一、早く食材取って来て」
「え〜一緒に行こうよ」
「効率悪いでしょ。じゃあわたしが取ってくるから、火起こしてて」

 佐一が運んできたまま、まだ組み立てられていないテントの骨組みが割り当てられた区域にごろんと横たわっている。森林の中特有の澄んだ空気の中、さっきいた家族の声がする方向へ向かおうと立ち上がれば、急に後ろから手を引かれた。どうやら佐一がわたしに寄りかかって立ち上がろうとしたらしく、文句のひとつでも言おうとすれば、急に暗くなった視界に「お、わ」と変な声が出た。

「焼けたくないんでしょ。それ被って行ってきて」

 そう言われて慌てて頭を触れば、視界を遮っていたのは佐一のバケットハットで、つい嬉しくなったわたしは、「じゃあこれも借りていくね」と掛けられていた佐一の黒いパーカーを手に取った。佐一でも緩めに着ていたパーカーは、頭から被るとお尻まですっぽり隠しそうなくらいだぼだぼで、佐一の家で洗濯された時に香るファーファの良い匂いがした。



「がお〜」
「……なにやってんの?」

 うちに来た途端「白石たちと渋谷ハロウィン行ってくるからメイク道具貸して」と奥の部屋に引っ込んだ佐一が、一時間くらいして出てきた。なのに綺麗な顔には一切化粧がされていないし、全部の指をちょっと曲げて狼のポーズをしたわりには、着ているものはドラキュラの衣裳だ。食い違いすぎて、思わず冷静に返してしまった。

「血とかしよ〜と思ったんだけど、お前あんまり赤いの持ってないし、なんか高そうなリップとか勝手に使ったら怒りそうだからやめといた」
「うん、勝手に使ったらぶっ殺す」
は?仮装しないの?」

 不穏な言葉にもへこたれずしれっとわたしの横に座る佐一に、「あ〜……しなくもないけど……」と返せば、「まじで?見して見して」とテンション高めに飛び付かれる。わたしはあまりそういうイベントには興味がないというか、どっちかと言うと静かに過ごしていたいタイプだから、友達から誘われてもずっと断り続けてきた。しかしこの間やむを得ず休んだ授業のノートを貸してと友達にお願いすれば、「その代わり渋ハロ一緒にいこ?」と可愛く脅されたのだ。ちなみに周りの友達も、皆同じことを言ってきた。なんで皆そんなにハロウィン(と言うより仮装)が好きなのか、全然理解ができない。

「嫌だよ。正直行きたくないし。恥ずかしい」
「え〜なんで俺が見れなくて友達が見れるワケ?俺のも見せたんだから見せてよ〜」
「勝手に見せびらかしてきたんでしょ。不可抗力じゃん」
「じゃあもっと不可抗力にする」
「は?」

 意味わかんない、そう言う前に佐一はわたしのわき腹に手を差し込んで、思い切り擽ってきた。わき腹と足裏が弱点だと言うことはとっくにばれてしまっているので、慌てて逃げ出そうとしても、図体の大きい佐一の包囲からは中々抜け出すことができない。爆笑しながら身を捩って抵抗していれば、片方の大きな手がそっとわたしの頬を撫でて、それに気を取られた瞬間佐一の優しい目に囚われた。

「ん……」

 掬い上げるようなキスで動きが封じられて、わき腹を擽っていた手も背筋を指先でいやらしくなぞりあげる。思わず腰を浮かせれば、心臓の裏側辺りに手が伸びて、プツンと器用にホックを外された。中々理解の追いつかない脳味噌を責め立てるように、佐一は指先で、舌先で、ゆっくりわたしを懐柔しようとしてくる。

「や、ちょっと待って、」

 何回やっても、佐一とのディープキスは途中で胸が痛くなって苦しくなる。息の仕方を忘れたみたいに、まるで陸の上で溺れているみたいな感覚になって。人が生きる上で絶対必要な呼吸が、途端におろそかになる。佐一以外じゃ、そんなことなかったのに。佐一は、どうやったらわたしが白旗を上げるのか、その方法をよく知っている。

「俺の予想はぁ、んー……ナースかな。えっちなナース」

 人が肩で息をしているというのに、口を離した少しの間で余裕綽々とそう言った佐一はふふんと笑って、またわたしにキスを落とす。佐一はキスが好きみたいで、よく色んなタイミングでキスを仕掛けて来るけれども、わたしはその度に心拍数が高くなって、それをどう取り繕うかで頭がいっぱいになる。まぁすぐに、そんなことも考えられなくなるんだけど。

「この部屋だけでハロウィンする?」
「脱いだら意味ないじゃん……」
「一発やったら着せる。絶対着せる。俺も着直す」
「サイテー……」

 そもそもえっちなナースって、佐一の願望でしょ。でもわたしのクローゼットの奥深くに隠された衣装は、佐一がお望みのえっちなナースだから、満足はさせてあげられるかもしれない。自分で取りに行くのは嫌だから、絶対取りに行かせるけど。友達との集合時間には、どう頑張っても間に合いそうになかった。



見て、雪」

 そう言って窓の外を指さして叫んだ佐一に、わたしは炬燵の掛け布団に寄せた身をよろよろと動かした。首だけ回しても、どこからか冷気が入って来て寒いような気がする。

「佐一、大人しく座って」
「え〜興奮しねぇ?」
「しないし、結露見るだけで寒い」
「変な奴」
「変な奴で結構」

 その変な奴と付き合ってるのはアンタでしょ、と言いかけて、目の前で煮え切っているすき焼き鍋の中から救出した肉を口に放り込む。卵と絡まった甘いお肉って、なんでこんなに天才的に美味しいんだろう。お歳暮くれた優しい社長、大好き。いつもありがとうございます、来年もよろしくお願いしますって、佐一がどっか向いてるうちにメールしなくちゃ。

「しっかし旨い肉だよな」
「感謝して食べて」
「ほんとお前の客層謎」
「悪口か」
「違う違うって」
「みんないい人だよ」

 ガルバ、所謂ガールズバーなんて所で働き始めてもう少しで一年が経つけれど、わたしを贔屓してくれる人はみんな割といい人だ。変なお店にせず、きちんと選んで決めたから、あんまり変な客が来ないのが前提だけど。そもそもそんな所に来る時点で変な人と思いながら働いているわたしも、十分変な人。

「いつまで働くの」
「今のとこ〜?当分辞めないかなぁ」
「ふうん……」
「なに?辞めてほしい?」
「いや、まぁ辞めて欲しくないかと言われれば辞めてほしいけどぉ」
「ふぅん」
「俺が養えるまで、そういうこと言う権利ないかなって」
「へぇ」

 興味がなさそうに返事はした、けれど、佐一の言葉が飲み込んだお肉と一緒に甘く身体に染みわたっていく。わたしを養っていきたいっていう気持ちはあるんだ、って、言ってもよかったけれど、無粋かなと思ってむりやり作ったしかめっ面ですき焼きに集中する。すると「なんて顔してんだよ」って佐一が笑ってわたしの頭を小突くのは、きっとわたしがすごく照れているのに気づいているから。そんな佐一も、実はすごく照れている。白石くんが「お前らってなんだかんだ似た者同士だよな」ってこの間の飲み会で言ってて、「どこがよ」とか怒りながら返したけど、実は大当たりなのだ。わたしと佐一は、心の底が良く似ている。うまく言葉にできないけれど、できるだけ相手を尊重したり、認めてあげたいって思う、そんなところが。
 遠回りなアイラブユーを投げっぱなしにしながら、時折直接的に身体を重ねて、今日も隣にいたいって思いながら隣にいるのは、当たり前のようですごく難しいし貴重だ。生理的に好感が持てて、かつ同じ時間を共有したいと思える人は、今まで中々出会うことがなかったから、猶更身に染みて感じる。どうか、佐一にもわたし以上に隣にいたいと思える人に出会いませんように。だからたまには寒くても、外に出てはしゃぐ佐一に付き合って雪だるまを作ったり、ぐちゃぐちゃになってはしゃいでも良いかなと思うのだ。帰ってきたら、責任を持って佐一に温めてもらえばいいし。
 寒くても、暑くても、佐一とセックスして身を重ねている時は、そんなことはどうでもよくなっていて、春夏秋冬いつでも同じような切ない気持ちになっているのだから、わたしにとって佐一がいてくれれば、春夏秋冬わりと楽しく快適に過ごせる。そんなことを考えていれば、食欲が満たされて、起きるのも遅かったから睡眠欲も満たされていて、お腹のさらに下の辺りが自然とムズムズしてくる。
 「ごちそうさまでした」と元気よく合掌した佐一の頬も、湯気に当てられたのか上気していて、もぞもぞと炬燵を出るとわたしの後ろに回り込んできた。「あつ、」「寒い寒いっていうから温めておきました」「ありがと、」時代が時代なら大出世だね、その手の速さも、きっといつか役に立つよ。そんな冗談は、佐一が待てないとばかりに落としたキスでまたうやむやになった。些細な言葉も、直接的なアイラブユーも、年の半分くらいは言えずに佐一のキスに吸い込まれている気がする。そんな照れ隠しも、この後きっとドロドロに溶かされて筒抜けになる。そんなふしだらな性生活が、わたしたちふたりにはお似合いだった。

「こっち、」

 軽々と向きを変えられて、佐一の膝の上に乗せられる。これから友人や、うるさい社会やパパママに隠れて、佐一とひとつの部屋で愛し合うことは、カーテンの外でしんしんと降り積もる雪ですら、知らないことなのだ。
 いつかわたしたちがこの部屋で、人知れず腹上死を遂げていたら、誰か見つけて「わたしたちは愛し合っていた」と伝えてください。なんてね。