※現代転生高校生if

栄華と罪悪の都を



 最近同じ夢ばかりを見ている。
 そこは大都会のど真ん中のようなだだっ広い路上で、中央線のない道路が幾重にも重なる交差点のど真ん中で俺はただ突っ立っている。どこからやってきたのか、どこへ向かえば良いのか、どこかへ向かって良いのか、なにも分からなくてふらふらと5メートル四方を行ったり来たりしながらなにか導になる標識はないかとあたりを見回してみるけれど、把握できるのはコンクリートの灰色といやに晴れた空の青だけでほかにはなにひとつとして判別できる色はない。空は雲ひとつない快晴だというのに日射しがないからへんに体力を奪うものもなく、俺はただただ立ち位置の定まらない路上でふらふらしている。長い間ふらふらふらふらしているけれども人が通る気配はなく、野良犬一匹ですら目の前を横切ることはない。たぶん、ここでこうしてじっとしていたところで誰かが迎えに来るわけではないのだろうけれど、それでも俺は誰かが迎えに来るのをもうずっと待っている。もう少し、もう少し、と待っているうちに夜が明けて朝になって、目覚まし時計のアラームに叩き起こされる。
 今日も迎えは来なかった。

「迎えが来てるから早くしなさい」
「わーってるよ」

 母親の声に催促されながら朝食を胃の中に乱暴に流し込んで、洗面所でぞんざいに歯を磨いて、鞄を担ぎあげて家を出た。門前には片手で自転車を支えたまま携帯電話を見ている女の子が立っていて、俺が家を出たことに気付くと携帯電話をセーターのポケットのなかに押し込んでその手をおはようと振り上げた。おう、と短く返しながら自転車の前カゴの中に乱雑に鞄を入れて、彼女の青い自転車に跨ると繭子は慣れた様子で俺の両肩に手をついてリアディレイラーの側面に器用に足をかけて泥除けを跨いだ。

「行くぞ、ちゃんと乗ってるか」
「乗ってるよー」

 2、3回地面を蹴って、右足のペダルに全体重を掛けて踏み出せば緩やかな下り坂を自転車がゆっくりとすべりだす。四月の空は快晴で、太陽の照りつけるコンクリートが白く光っていた。
 幼馴染と二人乗りでの登校するのは二年前からの習慣になっている。同じ高校に進学して、俺は野球部に入り、繭子はなにか健康的なことがしたいと言ってバスケ部に入部した。毎日行われる野球部とバスケ部の朝練に合わせて家を出る時間が重なって、中学の頃は試験の間くらいしか一緒に登校することはなかったけれども以来なんとなく一緒に登校するようになって、三ヶ月が経った頃俺の自転車が壊れたことをきっかけに二人乗りで登校するようになった。繭子は毎朝決まった時間に俺の家を訪れて、門前で自転車を下りて待っている。

「水木さー、進路希望のアレもう出したー」

 平坦な道に出て、住宅街の狭い道を縫うように進む最中に繭子が言った。「進路希望のアレ」の期限は明日で、その存在をすっかり忘れていた俺は「あっ」と短く声を上げてどこに閉まっただろうかと考えた。たぶん、古典のノートの間に挟んだはずだ。

「やっべ、忘れてた。まだ」
「私もまだなのー」

 間のびした声で繭子は言い、不満を零すような口調で続けた。

「したいことないし。親はとりあえず大学いきなさいって言うけど学部とかよくわかんないし。受験生の実感なんてないのにさあ、三年になった途端に親も担任もそんな空気出しちゃってさ。なんか、つかれる」

 ぼてぼてと落ちてくる彼女の不満をつむじで受け止めながら、まったくもってその通りだと思った。受験戦争を勝ち抜いて高校生になって、暫くは好きなことだけをして生活できると思っていたのに受験戦争の開始を告げるファンファーレはいとも容易く再び響いた。繭子の言うところの「進路希望のアレ」が配られたとき、鞄のなかに手を突っ込んで一番初めに手についた古典のノートに適当に挟みながらうんざりしていた。忘れていたのは、忘れたかったからだ。
 住宅街を抜けて国道に出て、歩道のない路上の路側帯をゆるゆると進みながら少し視線を上に上げると国道は標識で溢れている。どの方向に何キロ進めばどこに着くだとか、どっちに進めばいいだとか、ここは立ち入り禁止だとか、どこかに向かうための標識で溢れている。毎日のように見る夢のなかにもこんなふうに標識が溢れていれば、と気分の悪い夢をぼんやりと思い出していると、繭子が言った。

「水木とはさ、幼稚園から一緒じゃん」
「キモイよな」
「でもさあ、きっと大学は別じゃん」
「さすがにな」
「なんか寂しいよね」
「別に」
「でも一人でいかなきゃね」

 一人でいかなきゃね。俺が新しい自転車を買っても、なんだかんだ理由をつけて自分で自転車を漕ぐことのない人間が一体なにを言っているんだ、と文句のひとつでも言ってやろうかと思ったけれど不思議と声は喉を通らなかった。
 5メートル四方をふらふらふらふら、行ったり来たりしながら誰かが迎えに来るときをずっと待っていたけれど、きっと、そのうちのひとつを選んで進んだとして四方八方に広がる道路の向こうにはまた同じような分岐点があって、俺はまたそこで性懲りもなくふらふらしてしまうのだろう。歩いても歩いても分岐点ばかり、これまでもずっとそうだったからきっと未来なんてその程度のものだ。
 日射しのない快晴の下を歩く。ひとりきりで。

「今日は、どっか選んでみるわ」
「え?なんのはなし?」
「こっちのはなし」

 国道を逸れて坂道を下ればすぐに学校のはしっこが見えて校門が見えた。校門に吸い込まれていく生徒に混ざって校門を抜けて、駐輪場を目指した。自転車に鍵を掛けている間も昇降口に向かい歩いている間も繭子はずっとなにを選ぶのかと不思議そうにしていたけれども彼女に夢のはなしは明かさなかった。彼女は知らなくても良いことだ。
 目の前に広がる中央線も標識もない道路の先を思って辟易していたけれども、なんとなく今日は追い風が吹く方向へ踏み出したい気分になった。路上に人の気配はないけれど、なんか寂しいよね、と零した誰かをいつか俺が迎えに行くために。