注文の多い小料理店



 春くんの横顔が好きなんだと思う。料理をしているとき、なにか考え事しているとき。真剣な表情を一分一秒、まばたきひとつせずに逃さず見ていたいと思った。

「……そんな見んなよ、

 キッチンに立つ春くんがひとりごとみたいに小さな声で言う。目線はフライパンのまま、手元を忙しく動かしながら。トントンと腕を叩きながらフライパンの上に広がる卵を寄せて丸めていく作業はあまりにも繊細で、わたしには到底できそうもない。

「照れちゃう?」

 ふわふわの卵がごはんの上に優しく乗せられた。ごはんはバターライスがいいなあ、なんてひと手間かかるわがままも簡単に許してくれる。めんどくさいとぶつくさ溢しつつもテキパキと作ってくれる春くんと、それをただただ眺めるわたし。

「いや照れはしないけど」

 ほら、できた。そんな話をしているうちにテーブルに並べられたオムライス。春くんの手から、春くんの手によってうまれた。そう、それはまるで。

「春くんは魔法使いだよね」
「……どういう意味」
「こんなに美味しい料理すぐに作れるんだもん」
「褒めてんのか、もしかして」
「生まれ変わったら春くんになりたいなぁ」

 いただきます。両手を合わせてそう言ってからスプーンを手にした。スプーンを差し込むとほろりと崩れるトロトロの卵も、中のバターライスも、どんなに有名なお店よりもおいしくて、思わず頬が弛んでしまう。

「春くん、今日もおいしい!」

 あんまりにもおいしいからわたしは素直に感謝の気持ちを述べたのに、同じようにオムライスを咀嚼している春くんの表情はあまり晴れやかではない。真正面に座っている分、口元や眉の動きやらの些細な変化にはどうしてもすぐ気づいてしまう。

「どしたの?怒ってる?」
「いや怒ってはねーけど」

 春くんは食べていた手を止めて、またなにかを考え始めたみたい。こうなってしまうとすぐには終わらないから、わたしは黙ってオムライスを食べることにした。ペロリとご飯粒ひとつも残さずきれいに完食してから、まだ考え事をしながら食べている春くんの隣に座る。わたしが急に隣に来たからか、春くんは怪訝そうな顔でこっちを見た。あ、その顔最近よく神戸さんに対してしてるなあ、なんて脳裏でぼんやり考える。

「なんだよ急に」
「春くんって、やっぱりかっこいいよね」

 横顔とかすごくいいと思う。わたしはそう伝えたかっただけなのに、言葉は口をついて出ることはなかった。気づいたら春くんの顔が目の前にあって、唇がくっついていたからだ。スプーンくらい置いたらいいのに。唇が離れてから、お互いに不自然な瞬きをして見つめ合う。思っていた反応と違っていたのか、春くんが眉間に皺を寄せて首を傾げた。たぶん、わたしは驚いていたんだと思う。いや、うん普通にびっくりしたよね。

「……え、どういうこと?」
「え、キスしたいのかと思った」

 いきなり隣来るし、そういうこと言うから。と春くんはどこかバツが悪そうに目を逸らしたけれど、わたしからすれば、未だに春くんのそういったスイッチがわからない。

「わたしさ、春くんの横顔すごく好きなんだよ。ずっと見てたい」

 自分から言い出しておいて少し恥ずかしくなってしまった。思わず俯くと、隠れた顔を覗くように春くんの雄頸な指先がわたしの横髪をそっと耳にかける。

「……好きなの、俺の横顔だけか?」
「……そういう訊き方はずるい」
「もう一回キスしてい?」

 いつになく積極的な春くんの言葉に驚いて、反射的に顔を上げたら唇がぶつかった。

「俺からすりゃあ、お前も魔法使いだよ」
「わたしはなんの魔法が使えるの?」
「俺の料理を一瞬で消す魔法」
「確かにそうだけど!」
「冗談」

 わたしはなんの魔法が使えるのか、結局春くんは最後まで答えを教えてはくれなかった。それでも、春くんがあんまり優しい顔で笑ってくれるから、もしかしたらそれも知らないままでいいのかもしれない。